AHEAD MIZUNO RUNNING MAGAZINE 10

Design that makes you feel fun!

「ミズノのデザインはありきたり」
そんな声を払拭するプロダクトを創造する!

ランニングシューズの世界では確固たるポジションを築くことに成功したミズノ。
部活動の中高生、市民ランナーから世界で活躍するアスリートまで、その恩恵を受けたユーザーは少なくない。そんなミズノのランニングシューズだが、
「機能はいいけどデザインに面白みがない…」
「カラーリングが前のシーズンや他ブランドと代わり映えしない…」という声は少なからずあった。
しかしながら2020年はウエーブ デュエル ネオを始めとしてそんな声を払拭するプロダクトが続々と登場。
そのインパクトあるデザインによりランニングシューズマーケットを驚愕させたMIZUNO ENERZYのコンセプトモデル、THE MIZUNO ENERZYもそのひとつだ。

MIZUNO ENERZY COREという従来素材と比較して反発性と柔軟性が大幅に向上した素材を内蔵し、優れた機能性を提供しつつ、視覚的にもユーザーを楽しませることに成功。
権威ある日本インダストリアルデザイナー協会デザインセレクションに選定された。
今回のAHEADはTHE MIZUNO ENERZYのデザインを担当したデザイナーの井出裕輔氏にこのモデルをデザインすることになった経緯、デザインコンセプトetc.誕生するまでのストーリーを聞いた。

2020年7月に正式発表されたTHE MIZUNO ENERZYは、
ミズノがリリースした革新的なクッショニングテクノロジーであるMIZUNO ENERZYのなかでも最も柔軟性と反発性が従来素材と比較して向上したMIZUNO ENERZY COREをミッドソールに内蔵しつつ、
そのデザインで、この素材が持つ機能性を視覚的にも表現することに成功した1足である。このシューズのデザインを担当した井出裕輔氏は、
「ウエーブスカイ ネオなどMIZUNO ENERZY COREを搭載する予定のプロジェクトはすでに始動していて、スペックも決まりかけていたあとのタイミングでしたが、
『せっかく素晴らしいテクノロジーが完成したのだから、この機能を象徴するようなインパクトのあるプロダクトをリリースしよう!』ということが決定。
2019年の1月末か2月初旬だったと思いますが、企画チームより正式にデザインを依頼されました。
通常は企画チームからプロダクトブリーフというような製品スペックやターゲットユーザーetc.を明確にした詳細な指示書を渡されるのですが、今回は素材ありきで、素材の素晴らしさを強調した自由な発想でいいということでしたので、すぐにデザインを描き始めて15分くらいでラフスケッチが完成し、企画チームにスキャンデータを送り、そこから製品化へのやりとりが始まりました。ここまでクイックに進むことはなかなかないですよ」と語る。

では井出氏はどのようにして
THE MIZUNO ENERZYのような斬新なデザインをクリエイトしたのだろうか?
「いままでは具体的に自動車や建築物、植物、動物といったものをデザインモチーフにすることも多かったのですが、『今回は素材が持っているフィーリングをそのまま造形にできたら…』
というのが最初のデザインコンセプトです。抽象的ですが、何かをモチーフにするよりもユーザーが履く前から
『この靴のソールユニットは柔らかいだろうなぁ…』とか
『この靴を履いたらいままで以上に自分を押し上げてくれるだろうなぁ…』
というように、記憶のなかにある共通の認識を思い起こさせるようなビジュアルが創造できるかどうかが勝負だと思っていました。
テクノロジーの特性をインスピレーションできることを目指してデザインしたのです。
あえてイメージしたものを挙げるとすればスーパーボールや水風船で、エネルギーを内包している様や、何もないところから生まれる躍動感を表現したいと思いました」とコメント。

こうして一度見たら忘れることのない球体の集合をフィーチャーしたTHE MIZUNO ENERZYのソールユニットのデザインが完成したのである。

「出る杭は打たれる」ということわざがあるように、何事もそうだが目立つ行動や物などは、肯定的に捉えられるばかりではない。
「実際にソールユニットのサンプルが出来上がると、それを見た社内の人のなかには二度見したり、
『本当にコレ出すの?』と聞いてくる人も少なくなかったです(笑)。
しかしながら今回は材料自体のパワフルさというか凄さを社内の人々も知っていたので、
『これくらいのことをしないとせっかくのプロジェクトが注目されないだろ?それじゃ意味がないよ!』
とポジティブに捉えて、応援してくれる人が多かったです」という。
こうして安全策を取った、どこかで見たことのあるようなデザインではなく、好き嫌いがはっきりと分かれるかもしれないが、見た人に確実にインパクトを与えることができる井出氏によるデザインが、実際に製品化されることになった。

「現代の消費者は製品購入時にPCやスマートフォンの画面を速いスピードでスクロールします。
それだけにシューズの写真が画面上に映し出されるのは一瞬です。そのためにもインパクトのあるデザインはオンラインで目を止めてもらい、ユーザー候補に『さらなる情報を知りたい!』と思わせる独創的なデザインは有効だと思います」と井出氏は語る。

そしてTHE MIZUNO ENERZYのデザインは単にインパクトがあるだけではなく、デザイナーの開発意図と情熱も感じられるものとなっている。

このようにして完成したTHE MIZUNO ENERZYは、2020年7月のリリース以来良好なセールスを記録したが、権威あるデザイン賞も受賞することとなる。
それが日本インダストリアルデザイナー協会デザインセレクションである。

井出氏は「日本インダストリアルデザイナー協会デザインセレクションは、こちらから応募するのではなく、毎年発表されたプロダクトから協会が選定する賞であり、このことはランナー以外の幅広い人々に目を触れてもらえ、デザインを評価されたということで、いままでのミズノではなかったケースだと思います。
これをきっかけに『ほかのミズノのシューズもチェックしてみようかな』と思っていただけたら嬉しいです。
最近ではウエーブライダー24がグッドデザイン賞を受賞しました。グッドデザイン賞は製品の評価を得るべく、力試しとして自ら応募させてもらったので、受賞はデザインに携わる身としてとても嬉しいものでした。
ほどなくして、日本インダストリアルデザイナー協会デザインセレクションの受賞の知らせもいただけ、喜びもひとしおでした。」と、この受賞を心から喜んでいた。

井出氏はミズノのランニングシューズのデザインの方向性に関しては
「ミズノの場合は、他社と比較すると機能の組み合わせによりプロダクトの差別化をすることが多いので、どちらかいうと複雑だと思います。
そのためにシューズが持っている特徴を造形面で、よりわかりやすくターゲットに伝えることが最も重要だと考えます。
機能をある意味で拡大解釈して、“跳ねる”、“速い”といったプロダクトが前面に打ち出したい特徴を履く前に外観で想像できるようなデザインを心がけており、シューズに要求される機能性が全く違うのにビジュアルが似ているということがないように注意しています」という。

一方でスポーツシューズのデザインに関して、少し前に個人的に興味深く思った事柄がある。
それは‘80年代からスポーツシューズ業界で数々の名作を世に送り、現在も一線で活躍するアメリカ人デザイナーと話したとき、彼がこんなことを言っていたのだ。
「昔はミッドソールに機能を埋め込んだり、アッパーにベルクロ付きのサポートストラップを配することによってデザインにアクセントを持たせることが容易だった。自動車でいえばリアウイングやフロントスポイラー、オーバーフェンダーみたいな感じかな。
でも今はミッドソールもアッパーも単一の素材でクッション性もフィット性も一昔前では考えられないくらいのレベルにすることができるから、デザインに個性を持たせるのは難しいよね?」
これを聞いたとき、1988年からスポーツシューズに関連した仕事を継続してきた自分も、「確かに最近のシューズのほうが’90年代よりシンプルで、ブランドが違ってもデザインが似通っていることが多くなった」と思う。
これに対して井出氏は「現在のスポーツシューズ業界は素材開発競争の様相を見せていますよね。それぞれの素材の性能が以前よりも向上することで、衝撃吸収性と反発性を両立したり、軽量性と耐久性を兼ね備えたりと、ひとつのマテリアルが確保している機能性が格段に増えています。
デザイナーとしては特徴が明確な素材ほどカタチを与えやすく、反対に複数の機能性が平均的に優れた素材はデザインするのが難しい。
“ずば抜けて軽い”“圧倒的に復元力がある”というような素材は、その機能性を強調したデザインにしやすいのです。THE MIZUNO ENERZYの場合、マテリアルの特徴を前面に出したソールユニットのデザインがあるので、アッパーのミズノのロゴをあえて小さくしました」とコメント。

極論すれば平面でも問題のないパーツの形状があったとしても、デザイナーはユーザーにプロダクトの特徴を伝達すべく、機能とデザインをバランスよく両立させるのである。

「先にも述べましたが、ミズノのスポーツシューズはMIZUNO ENERZYとミズノウエーブを組み合わせるというように、複数の構造を組み合わせてチューニングすることが珍しくありません。
その場合には100%ひとつの素材の特徴をデザインに落とし込みにくいのですが、それはミズノのよさでもあり、デザインする際の難しさでもあります。
昨今スポーツシューズの世界では構成するパーツの数、要素が確実に減っています。
そのことによる今後のスポーツシューズのデザインの変化にはとても興味があります」 と、井出氏はミズノのスポーツシューズのデザインを分析した。

かつてはコンサバティブな印象だったミズノのランニングシューズだが、最近ではウエーブ エアロ18、ウエーブエアロ19、THE MIZUNO ENERZY、ウエーブ デュエル ネオを始めとしてインパクトのあるデザインのプロダクトが増えている。
今後のミズノのランニングシューズのデザインの動向にも注目が集まるが、井出氏は
「過去のプロダクトを振り返ってみると、私たちは前モデルよりもデザインや機能性の新しさを出してきたつもりでしたが、その変化が他ブランドと比較して明確ではなかったかもしれません。
自分たちで『大胆に変化させた!』『機能性をジャンプアップさせた!』と思っても、ライバルブランドと比較すると、その変革は微々たるものだった気がします。
そのことに気付いたことで、最近はかなり思い切った変化をプロダクトに与えることができるようになったと思います」と語る。

さらに「ウエーブデュエルネオを例に挙げると、『軽量化を図るためにヒールカウンターを取り除こう、従来のデザインのままヒールカウンターを取り除くと後足部のホールド性が損なわれるからミッドカットデザインにしよう』といったかたちで大胆な変化を与えたことで、ソックスのようなフィット感のレーシングシューズが完成。
厚底シューズ全盛のマーケットでも異彩を放つことができました。ひとつのアップデートではなく複数のアップデートを導入したことで、誰からみても納得できる革新性が表現できていると思います」と続けた。

スポーツシューズのマーケットは他の製品と比べて特殊な点がある。
それはウエーブライダー24というように、ロングセラーは“シリーズ名+何代目という数字”からモデル名が構成される。
このような例はかなり珍しく、スポーツシューズ以外ではフォルクスワーゲンのゴルフ(現在はゴルフ8)を始めとしてそれほど多くない。

井出氏は「それだけにモデルチェンジの際にはシリーズとしての特徴や一貫性は残しつつ、新しさを加えていかなければいけません。走り心地などのシューズの機能特性を変えすぎると、これまで繰り返し購入してくれたロイヤルカスタマーを失うことになってしまいます。
シーズン毎に明確に変化させる部分があることで、逆に残さなければならない部分は濃くなっていく気がします」と語る。

今後もミズノランニングは、これまでランニングシューズの世界で培った伝統や信頼といった要素を大切にしつつ革新や変革を巧みにミックスすることで、ランナーを魅了するプロダクトを続々とリリースしてくれそうだ。