柔道衣を作るって大変!!!

押忍! こんにちは、はっけん君です!

今回は「柔道衣」についてちょっと調べてみたんだ。(ちなみに「柔道衣」と書いて「ジュウドウギ」と読むんだ)
柔道といえば日本の御家芸だけど、発見隊を読んでくれている人の中で何%の人が柔道衣を着たことがあるのかな?女の人は極々わずかで、もしくは触ったことがない人も結構いるかもしれないね。

柔道は1882年(明治15)年に嘉納治五郎が東京の永昌寺の書院を道場とし、柔道を指導したのが始まりといわれているんだって。当時の柔道衣は今と違って下着に近いもので文献には「上衣は白木綿の筒袖の袷襦袢、下穿は股引を紐で前に結んだもの」※と紹介されてるよ。それから時代の流れによって変化し、1960年代に今の仕様が確立されたけど、それ以降も大きく変わってきているんだって。

  • ミズノで柔道衣を販売開始したのは1964年の世界大会以降から。当時は「講道館柔道試合審判規定」に従って製造。そして、1978(昭和53)年から選手用柔道衣の開発を本格的にスタート! だけど当時の開発者は、様々な体型の人に、柔道衣の寸法をどう適合させていくのか、パターンやサイズ展開に頭を悩ませていたんだ。
    今は蓄積した膨大な柔道家のデータから基本サイズスペックを用意し、様々な体型に対応できるようになったんだって。

 
  • ここで少し脱線するけど、世界の柔道人口を比較してみよう。日本の柔道人口は、全日本柔道連盟に登録している競技人口は16万人。一方、フランスの柔道連盟登録者は56万人。ブラジルの登録者は200万人以上! 国際柔道連盟(以下:IJF)に登録する国は200カ国以上もあって、日本発祥の柔道はすごく世界中に広がっているんだって。

さて、柔道衣に戻るよ。世界では「柔道衣が勝負の勝敗に影響する」といった話が出始め、1970年中頃、組み手争いを優位にするために選手は小さめのサイズを着用したり、特にヨーロッパではアスリート対応の柔道衣を作ろうと生地を分厚くしたり、襟を分厚くしたり・・・という流れができたんだって。1990年代には日本の選手も海外選手の柔道衣に対応できるように対策を練る必要に迫られてきたんだ。困ったぞ! そんな流れを受けて、IJFが「組み合えない柔道衣で対戦しても柔道の試合にならない。一本の醍醐味がなくなる。」と対応を協議するようになった。
ミズノは柔道発祥の日本のブランドとして、IJFの要請を受けて、柔道衣の基本仕様を明文化するプロジェクトに参画したこともあるんだ。

みなさんは柔道衣と言えば「分厚い白い生地で出来ている」と漠然と思ってるでしょ?実は3種類の生地から出来ているんだ。上衣の腰から上は「刺し子織り」、腰より下は「腰地」、パンツは「綾地」という生地なんだ。

従来、ミズノの選手用トップモデルの刺し子織りは綿100%だったんだけど、2015年4月1日から施行された新しい「刺し子部分の軽量化」というルールに適合するため、ミズノはポリエステル混紡のものに変更。これによって従来モデルと比較して乾燥までの時間が65%短縮されて、速乾性にも優れた柔道衣に変身!洗濯乾燥による生地の寸法変化率も軽減し、より早くサイズが安定するようになったんだって。

 

「サイズが安定?」ってどういうこと?って思ったでしょ。そう、綿100%の頃は洗濯による寸法変化があるので、選手たちは試合に新しい柔道衣で臨む時は、事前に数回洗濯を繰り返して身体に馴染ませていたんだって。知らなかったなぁ。

そして、IJFは柔道衣による選手の公平性を保つため、選手が適合した大きさの柔道を着て試合に臨むよう、試合直前に柔道衣の大きさを確認する測定器を導入。それだけじゃないよ、柔道衣そのものの生地の重量や使用する糸の番手、本数にも制限を設け、襟の厚みにも規定を作ったんだ。

最近ではブルーの柔道衣も登場しているよね。先にも言ったけど柔道衣は3種類の生地からなるので、組織の違う厚手の生地を同じ色に染め上げるのは、とても難しいんだって。

そして忘れちゃいけない帯。帯にも帯幅、縫製本数、厚み、中身の構造まで決まってるんだ!「帯は丈夫で、簡単にほどけず、切れないこと」
帯がほどけて何度も試合が中断してしまうと、試合が成り立たないからね。

  • こうした細かい新ルールに適合した柔道衣には、赤いIJF公認マークが縫いつけられるんだ。

選手たちの熱い戦いを支える柔道衣は、一見単純な構造に見えるけど、実は様々な分析、洗濯試験、着用試験などを繰り返して製品となっていたんだね。

※講道館百三十年沿革史(2012年5月出版)。

 
 

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