社会

野球の歴史と進化を学ぶ
タイムトラベル

野球というスポーツの歴史はとても長く、その昔、ルーツとされているスポーツが生まれ、
時代とともに進化と変化を重ねて、今の野球のスタイルが完成していきました。
そして、日本にやってきた野球は、日本の国民的スポーツに発展します。
日本における野球の歴史には、実は、さまざまな野球道具をつくってきたミズノが深く関わっています。
やきゅう学校「社会」の授業では、野球の歴史や野球道具の成り立ちについて学びます。

野球のルーツ

歴史

1

野球のルーツを知ろう!

クイズで考えてみよう①

昔の野球で、ボールのかわりに使われていたものはどれ?

  • ココナッツの実

    Aココナッツの実

  • 小石をつめた靴下

    B小石をつめた靴下

  • 動物の骨

    C動物の骨

野球のルーツのひとつであるイギリスのスポーツでは、
小石をつめた靴下を打っていました

野球のはじまりはさまざまな説がありますが、13世紀ころにイギリスではじめられた「クリケット」から「ラウンダース」へ変化し、その後アメリカで「ベースボール」へと発展したといわれています。ルールも競技人数も、今の野球とはまるで違っていました。たとえば、クリケットは360度どの方向に打っても良いというルールでプレイし、また、ラウンダーズは「小石を詰めた靴下」などがボールのかわりで、バットは「船をこぐ櫓(ろ)」などを使っていました。

歴史

2

日本の野球の歴史を学ぼう!

野球が日本に伝わったのは約150年前。
ミズノも、運動服や野球ボールの販売をスタート

野球が日本に伝わったのは約150年前。ミズノも、運動服や野球ボールの販売をスタート

日本に野球が伝わったのは約150年前。大学南校(現在の東京大学) のアメリカ人教師ウィルソンなどが生徒に教えたといわれています。ミズノは、早くから野球に注目し、この素晴らしい競技をもっと広めたいという想いで、ミズノの前身となる「水野兄弟商会」を創業。野球をするためのオーダーメイドの運動服や野球ボールなどの販売を開始しました。

当時は野球のルールもまだまだきっちり決められていない時代。野球の公平性のない競技は発展しないとおもい、大正5年には、各メーカーによってバラバラだったボールの基準を、ミズノ考案のバウンド検査「4m12cmの高さからコンクリートの床に自然落下させて、1m40cm~45cmまでのバウンドを合格とする」で統一。実はこの高さは、ミズノの店舗の2階の窓の高さと、創業者の身長で決められたものというのもおもしろいエピソードです。

クイズで考えてみよう②

高校野球のルーツになった大会が行われたのはいつ?

  • A

    約50年前

  • B

    約100年前

  • C

    約200年前

約100年前に行われた、ミズノ開催の野球大会がルーツ

野球が日本に伝わったのは約150年前。ミズノも、運動服や野球ボールの販売をスタート

日本に野球がやってきたといっても、当時は、まだまだ野球人口が少ない時代。ミズノは、日本の人々にもっと野球を知ってほしい、親しんでほしいと考えていました。そこで、対抗試合ばかりではなくトーナメント方式のほうが盛り上がるのではないかと考え、ミズノは自らのチームを結成するとともに、現在の「実業団野球大会」のはじまりとなる「大阪実業団野球大会」を開催。また、さらに「関西学生連合野球大会」を大阪で開催し、これが現在の「選抜高校野球大会」のルーツになりました。

このようにして、ミズノは、ボールの基準など野球ルールをつくったり、現在の高校野球につながる大会を企画したりと、今では、国民的スポーツとして多くの人々に愛されている日本の野球の歴史を支えてきました。

MIZUNO HERITAGE and HISTORY

歴史

3

野球道具の歴史を学ぼう!

クイズで考えてみよう③

次のグラブのなかで本当にあったものはどれ?

  • A

    木でできたグラブ

  • B

    紙でできたグラブ

  • C

    布でできたグラブ

戦争で革がなかった時代、ミズノは帆布グラブを開発?

戦後、グラブをつくる材料が手に入らなかった時代もミズノはなんと布(帆布)のグラブを製造し、戦争によって停滞していた野球界の復興に貢献。このように、ミズノの野球道具づくりの歴史は、そのまま日本の野球の歴史の1ページになっています。

日本の野球の歴史を知るためには、野球にかかせないもの、つまり野球道具の歴史を学ぶことも大切なことです。
ミズノは、腕のある職人を集めて、動きやすく快適な気心地を目指した運動ウエアをはじめ、グラブやバットなどの野球道具を研究し続けました。その結果、たとえば、ずっと三角金具が常識とされてきた野球スパイクは、ミズノによってもっと人間の足にフィットするように9本歯タイプへ改良され、それは今でも野球界の主流になっています。

ミズノが進化させてきた野球道具によって、日本の野球もまたどんどん進化し、新たな歴史を生み出し続けています。今では、ミズノの野球道具は、日本のプロ野球のみならず、本場アメリカのベースボール選手をはじめワールドワイドに親しまれ、世界の野球の歴史にも深く関わっています。

特別授業!

「ミズノのグラブの歴史をみてみよう!」

ミズノが日本で初めてグラブを商品化

1913

ミズノが日本で初めてグラブを商品化

指先をおおった鍋づかみのような形に進化。ミズノが野球グラブの販売を始めた1913年当初の販売価格は約2円(現在の値段にして約4~6万円程度)。

ミズノが世界初のキャッチャーミットを開発

1934

ミズノが世界初のキャッチャーミットを開発

ポジションによって異なる捕球方法を必要とする野球の動作に着目したミズノが、キャッチャーの「捕る」動きに焦点を当て、世界で初めてキャッチャーミットを開発。

 
戦後直後の布製野球グラブ

1946

戦後直後の布製野球グラブ

終戦直後、それまで野球グラブの製造に使用していた革の入手が非常に困難になった。そんな中、布製の野球グラブが製造された。

ポジション別グラブの誕生

1974

ポジション別グラブの誕生

ミズノがプロ野球選手のオーダーメイドグラブ作りを受注生産する流れのなかで、ポジション別に専用グラブを使用するという考え方が生まれる。

 
左右両投げ用6本指グラブ開発

1986

左右両投げ用6本指グラブ開発

メジャーリーグの両利き選手の要望を受けたミズノは、左右に使い分けができるよう、ウェブを中心に配置したグラブを開発。グラブの新たな可能性が生まれる。

初代『ミズノプロ』野球グラブ発売

1988

初代『ミズノプロ』野球グラブ発売

「人間の手に一番近く、本来の動きに最も忠実なグラブ」を目指し、緻密な計算のもとで設計されたミズノプロ。グラブづくりの歴史は円熟期を迎える。

 
メッシュ素材のグラブ登場

2018

メッシュ素材のグラブ登場

軽量性と通気性を叶えるために、メッシュ素材を用いたグラブを開発。グラブの素材に革以外の素材が用いられるようになる。

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