MIZUNO

TRACK & FIELD



SPECIAL INTERVIEW 2015

2015.03.05MTC情報 印刷

-今日は、ディーン元気選手、飯塚翔太選手、市川華菜選手の3人に集まっていただいて、陸上競技を始めた頃のことを振り返っていただこうと思います。まず、3人がそれぞれ陸上を始めたのはいつのことですか?



ディーン 僕は中学生になってからです。陸上を選んだのは3歳年上の兄の影響。当時は「兄ちゃんが野球を始めたら野球、陸上を始めたら陸上」・・・兄についていくだけの子どもでした(笑)



-はじめから大活躍?



ディーン そんなことないです。その頃はまだ身体も小さくて、大きかった兄と比較されてちょっと悔しい思いをしていました。
「見てろよ」なんて思っていたんですけど、最初に砲丸投げで出場した大会は地区予選で落ちて。「砲丸って重いんだな・・・」って思ったのをよく覚えています(笑)。



-市川さんはどんなきっかけで陸上を始めたんですか?



市川 私は小学校でバスケットボールをやっていたんですけど、ゴール下でボールを待つことだけしかできなくて(笑)、見かねた母が「あなたは走り回っているほうが合っているから、陸上でもやりなさいって言ってくれて。それで陸上部に入部したんです。



-中学校時代はどんな選手でしたか?



市川 最初は幅跳をやっていたんですが、実は、部活の仲間と一緒に通っていたダンス教室のほうに夢中で・・・。走るのが楽しくなったのは3年生になって、新しい顧問の先生に基礎を教えてもらってからなんです。



-飯塚さんは小学生時代から陸上クラブに所属していたんですね。



飯塚 兄弟と一緒に通っていました。走るのが好きだったので、楽しくて仕方なかったですね。ただ、当時からケガがちで、練習ができなくて辛かった時のことをよく覚えています。辛さをごまかすためにゲームをするんですけど、そのおかげでかなり上達しました。今でも『太鼓の達人』にはちょっとした自信があります(笑)。



-最初に履いたスパイクのことは覚えていますか?



飯塚 よく覚えてます。小学校4年生の時に監督がボロボロのお下がりを貸してくれたんです。文句は言いづらいけど「微妙だなー」って思いました。だから5年生になって、初めて自分のスパイクを選ぶ時は、とにかくかっこよさを優先して、ミズノのオレンジ色のスパイクを選びました。今も機能面と同じくらい、かっこよさを大事にしています。



市川 私も最初は見た目優先(笑)。ただ、走るのが楽しくなるにつれて「軽さ」や「フィット感」を大事にするようになりました。特に私の足は甲が狭いので、今は感触を大事にしています。



ディーン 僕もずっとスパイクとの相性には気を使ってきました。やり投げなどの投てきは、地面から力をもらう競技。だから自分の身体の一部になる靴は、納得できるまで試して選びます。





-では皆さんが、記録が伸びたのはどんなタイミングだったのでしょうか。そのためにどんなことをしていましたか?



ディーン 最初は地区大会も通過できなかったんですけど、それでも「中学時代に日本一になる」という目標を定めて、そのためにどんな練習をすればいいか、自分なりに考えて取り組みました。特に大事にしたのは「人がやらない練習をする」ということ。投てきに必要な練習だけでなく、短距離選手と一緒に走ったり、ハードルの練習をしたりもしました。近くの山で特訓もしましたし。



飯塚市川 ん!?



ディーン 山の中を走り回って、木に登って、そこから隣の木に飛び移るんです。時々落っこちたりもしました(笑)。自分としてはそこでナチュラルな力と、空間把握能力をつけようと考えたんです。実際に役に立ったと思っています。



飯塚 ディーンは見た目と違って、練習にしても普段の過ごし方にしても凄く考えているんですよ。芯が通っている。



ディーン 「見た目と違って」っていうところが気になるけど、それ、ほめられてるんだよね?(笑)。



-では飯塚選手はいかがでしょう。



飯塚 僕は小学校で陸上競技を始めてから「100mで一年ごとにタイムを1秒縮める」というのを目標にしてきて、中学に入るまでは実現できていたんですけど、ケガもあってそれが止まってしまったんです。3年生の時は、せっかく出場できた全日中(全日本中学校陸上競技選手権大会)も欠場することになって。



ディーン それ覚えてるよ。実は飯塚には注目していたんですよ。ここぞ、という時に強い選手だったから。



飯塚 ホント?嬉しいなあ。ただ、その時は生まれて初めて「うまくいかないこともあるんだ」という、挫折感を味わっていて、ちょっと投げやりな気持ちになっていたんです。ただ、今思えば、そういう経験をしたからこそ、自分を見つめられるようになったし、ケガともうまく付き合えるようになった。自分にとって大事な経験だったと思っているんです。



-市川選手は中3でタイムが伸び始めたんですよね。



市川 「ドリル」とか、地道に動き作りに取り組むようになってからです。課題を意識して、シンプルな動きを身体にしみ込ませるというのを教わって。それともうひとつ、飯塚君の話と似ているかもしれないんですけど、やっぱり、肝心な時にケガをしてしまったり、力を発揮できなかったといった悔しい経験をしたことが、自分を成長させるバネになっていると思います。



飯塚 今の話を聞いて思ったけど、市川さんって負けず嫌いですよね。それが走りに出てます。グイグイ来るというか。



ディーン 世間では「美女スプリンター」って言われているのにね、グイグイだよね(笑)



市川 もう、せっかく真面目に話してるのに(笑)。



-そろそろ時間になってしまいました。最後に、これから陸上競技を始める若い選手達にひとことメッセージをお願いします。



市川 私がどうして陸上競技を続けてこられたかというと、やっぱり走るのが好きだからなんです。ただ、その気持ちはバスケとかダンスとか、いろいろなことにチャレンジする中で育ってきたもの。ですから自分に言えるのは、いろいろなことにチャレンジしてほしいということです。そのうえで「走るのが好き」って思ってくれたら嬉しいですね。



飯塚 僕は普段の練習をいかに楽しく、モチベーションを上げて取り組むかが大事だと思っています。そのためには練習メニューに自分なりの工夫をしたり、目標を立てるのがいい。あとは、ケガをして悔しい思いをしたり、タイムが出なくてうまくいかな時こそ「そういうもんだ」と思って楽しんじゃうこと。僕もそうできるよう、心がけています。



ディーン 陸上競技は、自分で取り組んだことがそのまま結果として現れるスポーツ。練習にしても試合にしても、ただこなすだけではなくて、目標をもってやるといいと思う。達成した喜びも、ダメだった悔しさも、全部財産になると思います。それと、投げたり、跳んだりといろいろな種目があるのも陸上競技のいいところ。好き嫌いなく、チャレンジしてみるといいと思います。



-今日は皆さん、ありがとうございました。

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