寺川綾のスペシャル対談~寺川綾×松下祐樹選手~

元競泳選手で日本記録保持者の寺川綾さんが、現役アスリートをゲストに迎えてクロストークを繰り広げるMIZUNO ZONE LAB特集。第2回は、陸上競技・ミズノトラッククラブ松下祐樹選手をゲストに迎えた。松下選手は、2015年に男子400メートルハードルで日本選手権で初優勝し、世界大会の準決勝まで勝ち進むなど躍進を果たした、上り調子の注目株だ。

陸上 松下祐樹選手
陸上 松下祐樹選手

YUKI MATSUSHITA

ミズノトラッククラブ所属(種目:400mH)。2015年度日本ランキング2位、2015年日本選手権 400mH優勝、2015年世界陸上予選通過

スイム 寺川綾
スイム 寺川綾

AYA TERAKAWA

ミズノスイムチーム所属(種目:背泳ぎ)。2012年ロンドンオリンピック 100m背泳ぎ、4×100mメドレーリレーの銅メダリスト

寺川さんとの対談では、高校、大学時代に取り組んでいた混成競技を通じて、選手自身が自ら考えた練習を行うことの意味や、柔軟な筋肉の使い方を会得していたことが明らかになった。また、練習時間を短くしたいため、十種目を効率よくこなすために逆転の発想でトレーニングに着手していた。冷静な判断力を持って着実に力をつけてきた松下選手の成長力の背景が対談を通じて見えてきた。

松下選手のキャリアは、変化に富んでいる。始めは2種目、それから混成競技へと転向し、現在は専門の1種目へと取り組む種目を変えている。その背景には、実際のパフォーマンスを見た指導者たちの助言と、高く掲げた目標に対して方法論を柔軟に探る松下選手の思考があった。

柔軟な考えで適正種目とめぐり合う

<寺川>
現在は400メートルハードルで活躍されていますが、以前は混成種目をなさっていたと聞きました。最初に、陸上競技を始めた理由と、種目を転向した理由を教えて下さい。あと、種目を変えるときに抵抗感がなかったのか、お聞きしたいです。
<松下>
小学生の頃は、野球をやっていました。ただ、自分が活躍しても勝てなかったり、その逆パターンがあったりするチームスポーツの特性が、当時の自分には合わないと感じていました。それで、中学校に進学したときに個人種目を選ぼうと思って陸上部に入りました。最初は走り高跳びをやっていて、途中から110メートルハードルにも取り組むようになりました。高校に進んでからは八種競技という混成競技を始めたのですが、社会人になって十種競技から専門を400メートルハードルに絞りました。最初に始めた2種目では全国大会のトップレベルで争う力は、ありませんでした。特に110メートルハードルは、年代別の記録を塗り替えるようなライバルが同じ県にいたので、どうしても勝てないと思っていました。でも、混成競技の八種競技には、走り高跳びと110メートルハードルが含まれていたので、総合得点を争う競技なら、トップクラスになれる素質があるとコーチからアドバイスをいただいたからです。高校の日本一になりたいという目標に近い方を選ぼうと思って転向を決意しました。転向して最初の試合で手ごたえがあったので、混成競技に絞りました。種目を変えるときは、自分が戦うべきところから逃げたように思われても仕方がないという気持ちもありました。でも、最終的には逃げた先で自分が定めた目標を達成できたので、正しい選択だったと思います。もし達成できなかったら…後悔したかもしれないですね。
<寺川>
松下選手は、考え方が柔軟ですね。中学生から始めても国内のトップレベルの選手になれたのは、種目の転向があったからでしょうか。競泳は、ベビースイミングがきっかけだったとか3歳から始めたという選手が多く、小学生の頃に指定された種目で勝負するケースが多いです。それに、出場種目にこだわりがあって、適正な種目に進めない選手もいると思います。私は、200メートルの方がトップとのタイム差が小さくて、コーチから「200メートルなら絶対に勝てる」と言われても「絶対に100メートルで勝ちたい。無理だと言われても、200メートルなんて無理」と言い張っていたので、真逆です。泳ぐペースの調整を考えずに、200メートルだと2倍も泳がなければいけないという思いだけだったのですが(笑)。最終的に記録が伸びなくなって種目を変える選手もいますが、大体は、指導者が勧めていた種目で結果を出すことが多いです。素直にやってみることが、良い結果につながっているのですね。

松下選手は、400メートルハードルで戦う土台を高校、大学時代に取り組んだ混成競技によって作り上げた。種目が多い混成競技を、可能な限り短い時間で鍛えたいと考える中でたどり着いたのは、各種目を鍛える練習法ではなく、全種目の共通項を探して鍛えることだったという。寺川さんも驚いた逆転の発想が、効率の良い練習を可能にしていた。

多くの種目を一度に鍛えた「逆転の発想」

<寺川>
混成競技の頃は、どのくらい練習をしたのですか? 競泳の場合、私は100メートルが専門でしたけど、200メートルの練習をすることで100メートルも強くなるという考え方の練習なので、100メートルも200メートルも泳ぎます。1種目でも複数の種目を練習するという感覚で考えると、8種目とか10種目の練習は、想像を絶します。
<松下>
正直に言うと、僕は試合に勝ちたいけど、練習はとても嫌いなタイプです(笑)。だから、知識が少ない状態で無暗に練習量を求めるのではなく、少ない知識の中でも確実な練習で質を求めます。その分、やったことは何も無駄にしないということにはこだわっています。やった練習の成果をすべて自分の物にする自信を持って「自分は、この練習で大丈夫。この練習量でやっていける」と自分に暗示をかけて試合に臨んでいました。今もそうですけど、混成競技をやっている頃は、他の選手に比べて圧倒的に練習量は少なかったと思います。もしかすると、少ない練習量でやっていたのは、専門のコーチがいないから、自分で考えることが多かったからかもしれません。中学校の部活動は、サッカー部の顧問だった先生が移って来て顧問になったくらいでしたし、高校の先生もハードルが専門だったので、それ以外の種目は自分で考えていました。
<寺川>
学生時代から自分で練習方法を考えていたのですね。最終的に十種競技から400メートルハードルに絞った理由は何ですか。混成競技を行ったことで、現在の400メートルハードルに生きている部分はありますか。
<松下>
十種競技での得点源が、400メートルと110メートルハードルでした。それで、周りの方から400メートルハードルの素質があるから、転向してみないかという話をいただいたのが種目を絞ったきっかけです。自分でもビックリするくらい適性のある種目に転向したと思っています。大学時代に十種競技と平行して少しだけの練習で試合にも出ていたのですが、日本選手権で8位とか、国民体育大会で3位とか意外とタイムも結果も良かったので、特化して練習すれば伸びるだろうとは思っていましたけど。十種競技のトップレベルの選手に比べると僕は背が低いし、体も細い。世界で戦うには限界があると思っていました。大学生活の最後に全日本インカレを優勝して有終の美だと思って、すっぱりと転向しました。もう、十種競技は大変なので二度とやりたくないです(笑)。当時、十種目を一種目ずつやっていたら時間がかかってしまうため、逆転の発想で「十種目に共通するものを鍛えよう」と考えました。そのときに重視したのが、「身体、筋肉の使い方を上手くなること」です。混成競技は、走る、跳ぶ、投げるというすべての要素があります。社会人の十種競技の選手を見てもらえれば分かりますが、混成競技の選手の体はとても大きいです。それぐらい土台となるフィジカルがしっかり鍛えられていないと、戦えない種目だからです。そこで鍛えられた体の強さと、いろいろな筋肉の使い方を知っているという部分は、今、様々な練習に取り組む上で確実に生きていると感じています。
<寺川>
専門的なコーチがいないから、自分で考えることで高められた部分があるというのは、興味深いです。メニューを与えてもらっていれば、考える機会は生まれなかったかもしれませんよね。私のように、ずっとメニューを与えてもらったり、指導者が付いていたりする環境ばかりがすべてではないなとあらためて思います。選手が自分で考えて取り組んでいれば、練習の意味合いは変わります。松下選手の話を聞いていると、どんな環境で練習している選手も、言い訳ができなくなってしまいますね(笑)。

短時間で効率よく練習することにこだわる松下選手は、筋力トレーニングでも鍛えたい部分を確実に鍛えることを意識している。最たる例が筋肉痛による確認と、痛みを生かしたトレーニングだ。寺川さんも現役時代には、試合で生じる筋肉痛によって、どの筋肉を使っていたのかを確かめたという。2人が語る筋肉痛の有効活用法とは?

筋肉痛で確かめて鍛える

<寺川>
社会人になって400メートルハードルに専念した後、2015年に結果が出始めた理由は、どこにあると考えていますか。
<松下>
僕は、走っているときに体が後傾してしまう癖がありました。上体が反ってしまうと、前への推進力が生まれにくくなってしまいます。だから、練習では、骨盤から前傾させることで上体を前に倒して進むトレーニングを採り入れて、走る姿勢を変えるように意識してきました。まだ完ぺきではないのですが、意識して取り組み続けて感触が良くなってきました。あとは、筋力トレーニングの効果もあると思います。お尻の筋肉を使えるようにすることも、その一つです。ウエイトトレーニングやランジウォーク(直立状態から1歩踏み込んで、もう一方の膝を地面に接地するくらいしっかりと腰を落とす歩行方法)をするときに、走るときの動きが改善されるイメージを持って臨みます。実際に走るときの動きにつなげようと思って取り組んで良くなってきていると感じているので、自分に適した練習ができていると思いますし、さらに強化したいです。
<寺川>
フォームを変えたのですね。筋力トレーニングの話ですが、使う筋肉を意識して練習すると、レースでの動きに反映されていくということは、引退する1、2年前にようやく知りました。私は、それまではがむしゃらに与えられたメニューをこなすばかりでしたから。お尻の筋肉を鍛えるときは、レースの後にお尻が疲れますか?
<松下>
そうですね。疲れるようになりました。練習でも、走り終わってどこに乳酸が出るというか疲労感が出るかと言えば、お尻です。お尻の筋肉が痛くなります。ですから、逆に違う部分に筋肉痛の症状が出たときは「この練習では、お尻を鍛えられていないな」と分かります。
<寺川>
どの筋肉を鍛えるかを意識しても、体感できないと、実際にどういう体の使い方をできているのかは分かりにくいですよね。試合で筋肉痛になって、初めて「ああ、この筋肉を使っているんだ」と感じることができるので、試合の後に一番疲れた部分を知ると、練習にフィードバックしやすいですよね。私は、後背筋を意識していました。昔はこの筋肉を使えていなかったので、主に足が疲労していました。ただ、私は練習のときは常に疲れてしまっているので、疲労を取り除いてから臨む試合の後にしか体感できませんでした。
<松下>
僕は、練習量が多いタイプではないので、練習でも感じることができます。筋肉痛を利用して意図的に痛い部分を使う練習も採り入れています。筋肉痛になっていて、そこが痛い状況で運動するということは、その筋肉を鍛えることになりますから。お尻の筋肉を使うウエイトトレーニングをしっかりと行って筋肉痛を作って、次の日に走るという形ですね。逆に、自分が鍛えたい場所ではない部分が筋肉痛のときは、自然とそこを使ってしまうのであまり走らないようにします。
<寺川>
日々、意図的に使う筋肉を意識したり使ったりしているのですね。とても理に適っているなと思います。私の場合は、すごく単純な達成感でした。話を聞いていると、自分の甘さを恥ずかしく感じてしまいます(笑)。

高校時代から活躍して高い期待を受けた寺川さんと、種目を変えながら少しずつ世界へ近付いている松下選手。2人の歩みは、対照的だ。着実に歩みを進めている松下選手は、まだ国内の大会で自信を得て世界との戦いを始めたばかり。寺川さんは、その進み方に関心する一方で、大舞台で襲いかかるプレッシャーにも言及した。「自信」と「プレッシャー」は、どのように生まれ、どんな効果をもたらすのかを2人が語った。

一歩一歩の積み重ねが自信になる

<寺川>
松下選手は、どのようにして自信を身につけて来ましたか?
<松下>
飛躍できたと感じたのは、2015年の日本選手権で優勝したときです。これまでは最高でも8位だったのですが、優勝という目標を持って臨んで結果を出すことができました。その成果は自信に変わって、普段なら反省点が思い浮かんで落ち込むこともある試合後の練習や、試合前に緊張感が出て来るときに「自分は、日本一。僕が今、一番速いんだ」と思うことで迷いがなくなるなど、いろいろなことがプラスに考えられるようになって、タイムが一気に伸びました。優勝して得られた自信による効果は大きいなと今になって感じています。
<寺川>
日本代表に選出されて世界大会を戦うようになったわけですけど、テレビで見たことのある選手がチームメイトになったり、今までに戦ったことのない選手と戦ったり、新しい刺激があったのではないですか。
<松下>
社会人になっても競技を続けようと考えたときに、世界大会で結果を出すという目標を持ちました。ただ、一度も日本で一番になったことがなく、世界大会も出場していませんでしたから、本当に世界を目指してやっていくことができるだろうかと不安を抱えたこともありました。だから、最初は自分が日本代表として世界大会に出るという実感が沸きませんでした。でも、実際に日本代表として戦ってみて「一歩一歩、階段を上って、ついに、ここまでたどり着いたな」と感慨深かったです。世界大会では準決勝で負けて「次は、この舞台でも結果を出したい」という思いが本当に強くなりました。具体的に高い目標をイメージできるようになったという点でも、日本大会での結果は自信になりました。
<寺川>
勝ったことで自分の可能性を信じられるようになるという効果がありますよね。ただ、ある程度高いレベルになると、いくら勝っても、次の試合で「絶対に優勝できる」と思えることは、ないと思います。私は、そんなふうに思えたことはありませんでした。ただ、勝てないとか負けるとも思わなくて、常にフラットなスタートの競争だと思っていました。だから、大きな大会では大型ビジョンに表示された世界記録と自分の日本記録を見て、世界記録までの差を縮めることが一つの楽しみにしていてスタートするようにしていました。絶対に勝てるとか、負けてしまうかもしれないとかではなく、以前の自分と競争して上回りたいなという楽しみな気持ちを持つようにしていました。松下選手は、スタート時にプレッシャーを感じるタイプですか?
<松下>
試合でプレッシャーを感じた経験は、あまりありません。学生時代に出場した日本学生選手権大会は、各種目の成績が合算されてチームの総合得点に反映されるので、最高の点数を取ってチーム優勝に貢献したいという、普段はない気持ちが芽生えましたけど、周りから優勝してくれと言われたわけではなかったですし、自分で自分にプレッシャーをかけた程度でした。周りから声をかけてもらっても、僕はあまりプレッシャーに感じないタイプなのかもしれません。自分の中で、勝手に「ああ、期待してもらえているのかな、応援してくれる人がいるのかな」と良い方向に捉えて感じているように思います。
<寺川>
それは、すごいなと思います。でも、これから経験を積んで世界大会での戦いを進めていくと思うので、今の段階がスタートだと思って頑張ってほしいです。選手は、自分が求める目標よりも高い期待をされたときにプレッシャーを感じます。私も最初に世界大会に出たときには「決勝まで残ることができたら良いな」というのが本音だったのに、メダルを期待されていたので、自分の気持ちにウソをついて「メダルを取りたいです」と言って失敗しました。プレッシャーに負けて、自分の力を出せませんでした。でも、本気で金メダルを目標に臨んだときは、自分の目標が高いので、周りに何を言われてもまったく気になりませんでした。大きな大会は、自分の正直な気持ちで高い目標を掲げられるようにならないと厳しいと思います。

目標設定は、高過ぎると現実との差が大きくなってしまう。寺川さんは、とにかく高い目標を掲げる方法で活躍してきたが、掲げた目標と結果のギャップに落ち込んで苦しんだことがあると明かした。一方、松下選手は、時期によって目標意識を変えることで、自身に成長を促しながらも冷静に自己分析をした目標設定をしているという。寺川さんも感嘆した2段階目標設定の理由に迫った。

時期によって設定目標は変える

<寺川>
試合ごとの目標は、どのように立てていますか。試合の際のメンタルコントロールで気を使っているポイントは、ありますか。
<松下>
出場するからには、上位を目指すのは当然です。ただ、現実的に力が及ばないことを受け入れなければいけない部分もあります。僕が世界大会に出場したときは、ランキングで比較すると準決勝に進めるかどうかという位置付けでした。だから、まずは準決勝まで勝ち進んで、そこで力を出し切れれば良いと思って試合に臨みました。予選は通過しましたが、準決勝ではあまり力を発揮できませんでした。試合におけるメンタルの強さは、訓練で鍛えるものではなくて準備によって余裕を持つことで生まれるものだと思います。積み重ねた練習で成長の手ごたえを得るとか、自分の記録が伸びるとか、試合の成績が良くなるということで、次の試合で余裕が生まれるのだと思います。だから、試合までの準備を大切にして、実力を上げて余裕を持つことが大事です。決勝で勝負できると思える選手と、準決勝が勝負所という選手とでは、準決勝で持っている余裕が違うので、実力を発揮できる可能性が違うと思います。
<寺川>
実力を自分で冷静に把握して、それに見合った目標を立てて臨んでいるのですね。私の場合は「もしかしたら、その場所にたどり着けるかもしれない。いや、きっと、できる!」と自分の実力にプラスのイメージを加えて目標を立てていたように思います。だから、本当にたどり着けたときは良いけど、結果が出なかったときは、イメージとの差が大き過ぎて「なんで、できなかったのか」と、自分に嫌悪感を抱いてしまいました。私は、コーチに「1番を狙って2番、3番になる選手はいる。でも、2番を狙って2番になれる選手はいないし、2番を狙って1番になれる選手もいない」と教わってきたので、自分の実力よりも上の成績を目指さないと結果は付いてこないと思い込んでいました。現実に見合った目標を立てられれば、冷静に課題を分析することができそうですね。
<松下>
でも、寺川さんは実際に高い目標に届いたわけですから、すごいなと思います。高い目標を立てることは僕も大事だと思います。寺川さんと同じ考えを持っているというか、持っているときがあります。たとえば、試合まで時間がある冬季は「少しでも上を目指そう」と思って、今の自分では手が届かないところに目標を定めます。練習では、無理ではないかと思うような目標に対して、可能性を広げるために努力します。でも、試合の直前になったら、実際の自分の力を見極めて、自分の力を出し切ることだけを考えます。
<寺川>
時期によって目標を変えるんですね。すごく、賢いなと思います。松下選手の話を聞いていて、私ももう少し冷静に考えられれば、激しく落ち込むことなく、安定して力をつけられたのかもしれないなと思いました。最後に、今後の目標を教えていただけますか。
<松下>
僕の場合は、大体、自分が予想した通りの成績が出ています。でも、悪く言えば番狂わせがないというか、力以上の物を出せるときがないので、その辺は試合で爆発的な力を出すこともできれば良いなと思うことはあります。今後の目標ですが、陸上競技において、世界大会のメダルを取るのは本当に難しいことだと思っています。だから、まずはファイナリストになりたいと考えています。今の自分にとっては、なかなか高い目標ですし、簡単には達成できないと思います。でも、今は自分の実力を伸ばす時期なので、ファイナルに残るという目標に向かって挑戦しています。最終調整に入る大会1カ月前になったとき、どういう目標に変わるのかは、今の時期の頑張り次第かなと思っています。
<寺川>
しっかりと自己分析ができて、実力に合わせた目標設定ができているからこそ、番狂わせがないと感じられるのだと思います。とても堅実派で力をつけていくアスリートだなと思いました。試合の結果を言い当てられそうなくらいだと思うので、世界大会の1カ月前にどんな目標を立てているのか、今から楽しみです。

対談を通して浮かび上がったのは、予測と検証を選手が自ら行うことの重要性だ。トレーニングの目的を理解し、効果を確かめ、少しずつでも着実に力を付けることで、成績は向上する。目に見える結果が出たときには、自信を深めてさらに進化することができるはずだ。常に冷静な松下選手の経験と、がむしゃらに高い目標へ向かって突き進み続けた寺川さんの経歴を併せて聞くと、強い向上心と判断力が成長のためにどれだけ重要なのかが伝わってくる。選手それぞれにタイプは違うが、両面を持とうとすることで、自分に適したバランスを見つけられるのではないだろうか。