陸上 菅井洋平 選手

陸上:菅井洋平選手

陸上競技・走幅跳
自己ベスト8m10cm
2010年広州アジア大会4位 2008年、2010年、2011年日本選手権優勝、2014年度日本ランキング1位。寡黙に競技と向き合う孤高のアスリート。

野球 工藤公康

野球:工藤公康

野球・ピッチャー(現役当時)
[現役29年間の戦績] シーズンMVP2回、最優秀防御率4回、最高勝率4回など。
現役時代は妻の協力のもと食生活を一から見直し、長きに渡り活躍。

元プロ野球選手で2015年シーズンの福岡ソフトバンクホークス監督に就任した工藤公康さんが、現役アスリートをゲストに迎えてクロストークを繰り広げるMIZUNO ZONE LAB特集「工藤公康のプロフェッショナルtalKING」。第3回は、日本陸上競技選手権の走り幅跳びで3度優勝している菅井洋平選手をゲストに迎えた。
菅井選手は、2007年から14年までの7年間で日本選手権の優勝3回、準優勝4回という安定感のある成績を収めている。しかし、走り幅跳びの専門的なトレーニングを行ったのは大学からだと言い、当初はとにかく速い助走から踏み切るという高校時代の方法とのギャップに苦しんだという。競技を面白くないとさえ感じた時期を経て日本のトップ選手に成長した経緯、そして体幹や足、腕の力を同時に発揮するタイミングの取り方を鍛えるトレーニング方法や、重点を置いて独自の技を用いているという助走と踏み切りの秘密について、工藤さんが話を聞いた。

菅井選手は、踏み切りの技術の改善に苦しんだという。理論自体は頭で理解できても、イメージ通りには体が動かないというジレンマに悩まされた。改善のきっかけとして思い当たるのは、ハイクリーン直立した状態で体の前にバーベルを持ち、肩の位置まで一気に引き上げるハイクリーンという運動を中心に、筋肉の使い方や力を入れるタイミングを意識した筋力トレーニングだという。

「踏み切り技術の習得を支えた筋トレ」

<工藤>
大学に入った当初は本格的な技術の習得に苦しんだということですが、何がきっかけで乗り越えられて前に進むことができたのですか。結果が出ないことで、ネガティブに考えてしまうこともあったのではないですか。

<菅井>
高校時代の記録を破れずに伸び悩みました。それでも大学3年から少しずつ、教えてもらっていたことができるようになって結果が出始めました。確信はありませんが、週に2、3回ほど行うウエイトトレーニングの効果が表れ始めたことが一つの要因なのかなと思います。ただ重い物を持ち上げて筋力をつけるのではなく、一瞬のタイミングで力を出せるように考えて行ったのが良かったのではないかなと思います。メニュー表の文字としては変わらないのですが、考えて実践することで自分の中での手ごたえは、かなり違います。力を入れる場所は、体幹というか、お腹の辺り。速く走ろうとするときも、お腹の辺りの力が大事だと思います。
ウエイトトレーニングは、ハイクリーン(直立した状態で体の前にバーベルを持ち、肩の位置まで一気に引き上げる運動)を最初にやります。全身運動で、瞬間的に力を発揮できるメニューを一番疲労が少なくてフレッシュな状態で行いたいからです。実施する内容は、100キロを10回、3~5セット程度です。継続することで高校時代よりは重さが10~20%上がりました。その後に、ももあげなどを行って、走る動きと力を発揮するタイミングを合わせていきます。ハイクリーンで使った筋肉を使って走れているか確認するような感じです。

<工藤>
陸上競技の短距離の選手は、ハイクリーンをやる選手が多いです。やはり、体幹から力を伝えて行くようなイメージがあるのですね。ハイクリーンを行うときに、腕や背中の力で引き上げないように工夫していますよね。一見して同じように見える筋力トレーニングでも、どこを意識して、どう使うのかが違えば、競技における反応の仕方や、力の発揮の仕方は変わるはずです。

菅井選手の踏み切りは、柔らかく、力強い。助走から減速させることなく、一瞬のタイミングで複数の動きを同時に行い、跳躍力につなげるのだという。特に、踏み切る足の一歩前が鍵を握っているようだ。自宅でもできるトレーニングの紹介を交えながら、踏み切りの技術を菅井選手に自ら解説してもらった。

「スピードを殺さない踏み切り技術」

<工藤>
踏み切りについてですが、トップスピードで助走をしながら、上下運動で反発を生かすのは本当に難しいと思います。どのような工夫をしているのですか。

<菅井>
スピードを殺さずに角度を変えて飛び出す技術です。踏み切るときに力が入って、ブレーキをかけてしまってはいけません。踏み切り板の上を腰がそのまま通り抜けるというか、むしろ加速していくイメージを持っています。踏み切り足は、軸を真っ直ぐにして力が外に逃げないようにするだけです。より重要なのは、踏み切りの1歩前です。ボールがバウンドするように、沈み込みから起き上がっていくタイミングと踏み切りを合わせます。僕の場合は一歩前の左足で重心を下げて、重心を上げながら右足で踏み切ります。踏み切りについては、教科書に書いてあるような基礎を理解した上で、自分なりの感覚、技を身につけないといけないのではないかと思っています。ただ、力強く踏み切って高く跳ぶというタイプの選手もいるので、誰にでも僕と同じ方法が適用できるわけではないと思います。

<工藤>
踏み切るときの力で反発を得て跳ぶのかと思っていたので、意外ですね。加速した状態で、足や腕、それから地面からの反発の力を一気に跳躍力に変えるためには、タイミングをすべて合わせなければいけませんよね?

<菅井>
そうですね。上半身のタイミングを合わせる練習は、自宅でも少しやります。まず座って、最初は力を抜いた状態になります。それから、お腹に力を入れて腰を少し前に出す、腕を前方へ振る、肩に力を入れるという3つの動作を一斉に行います。体に力を入れる瞬間に、上体を引き上げるイメージです。

<工藤>
腕の動きが大きくなり過ぎると力が上方に抜けてしまうから、小さく一瞬で動かして肩で止めて前に進むということですね。イメージは大事なのですが、実際にやってみていると、ひらめきが生まれたり、動かしてみたときの微調整ができるようになったりすると思います。例えば、野球の投球に関しては、どのようにボールを回転させればキレが増すのかというのは、科学で証明されています。その場合には「その回転」にすればいいわけです。ただ、科学とか力学で解明されきっていない分野、個人差が反映される部分というのは、明確な正解がないので難しいですよね。そういう場合に、イメージをする、具現化するために動かしてみるということを繰り返して感覚を掴むというのは、スポーツでは非常に大事なところだと思います。

工藤さんが踏み切りと同時に興味を覚えたのは、助走の生かし方だった。約50メートルの助走で、菅井選手はスピードアップ、頭を冷静にする、踏み切りのタイミングを合わせるという動作を順に行う。重視しているのは、力の「オンとオフ」。力を抜く状態を作ることで、より力を発揮できるという考え方だ。

「助走に必要な、リズムを変える余裕」

<工藤>
競技に詳しくない立場では、助走が速いほど遠くへ跳べるのではないかというイメージを持ちますが、助走はどのような点に気を付けていますか。高さも必要なのでしょうか。参考にした選手がいれば、教えてくれますか。

<菅井>
僕も高校時代そうでしたが、ひたすら速く走って跳ぶという方法では限界があります。最後の踏み切りでリズムが変わるので、確実に対応するために助走では、余裕を持つことを意識しています。踏み切りよりも助走が大事と言っても良いかもしれません。良い助走がなければ、良い踏み切りはできません。試合の1週間前からは跳ぶ練習はせずに、俗に「バネを溜める」という期間に入るのですが、その期間は助走でスピードに乗れるかどうかだけを確認するほどです。ある程度、技術が確信できるものになると、試合直前は走れる体づくりを重視するようになりました。
助走の距離は、ほとんどの選手が50メートル前後です。最初から「ダッダッダッ」という走りだと息切れをしてしまうので、「ターン、ターン」という軽い助走からピッチを上げてトップスピードに乗って、最後の10メートルで踏み切りの準備をします。30メートルだとトップスピードにはなりますが、準備ができません。最初の5歩でスピードに乗ることと、最後の10メートルまでに加速できていることが大事です。ただ、踏み切って飛び出してしまわないと成功か失敗かは、分からないですね。
参考にしたのは、キューバのとあるメダリストの足首の使い方です。体付きが違うので全部真似をするのは難しいですけど、彼は力が逃げないように足首を固めて、地面からしっかりと反発を得て走っていると分析しました。助走・踏み切り全体的に言えることですが、力のオンとオフがないと、体が跳ね返らないというか弾まない感覚があります。

<工藤>
試合前は跳躍を行わないというのは、初めて知りました。野球に例えてイメージすると、1週間も投球をしなかったら……と考えると、感覚を忘れてしまいそう で怖いですね。踏み切りの技術を生かすためにも、助走に余裕がなければいけないのですね。力を出すためには、力を抜いておかなければいけないというのは、 確かにその通りだと思います。僕も陸上競技の走り方を教わったことがありますけど、良い走りができていると言われたときは、力の抜けている瞬間がありまし た。野球の選手が盗塁などで走る場合は、瞬間的に加速するために重心を低くしますけど、走り方が違いますよね。足が接地する100分の何秒という世界を言 葉で表現できるということは、感覚が相当に研ぎ澄まされているのだと思います。

安定した成績に定評のある菅井選手だが、近年は「爆発的な良い記録」が出ないことが課題だという。技術の精度が高まれば記録の底上げはできる。そこから最高記録を伸ばすためには、また新たな挑戦が必要だ。日本のトップに立ちながら、さらなる記録を求める菅井選手は、どのような未来を描いているのか。

「安定感と爆発力」

<工藤>
これまで、非常に安定した成績を残されていますけど、今後は、どのような進化を追い求めたいと考えていますか。それから、安定感と爆発力では、どちらを求めますか。

<菅井>
安定感が出て来たのは、大学に入ってからです。やはり、技術が安定することで大崩れすることは少なくなりました。最初は、それで良いと思っていたのですが、今は、爆発力が欲しいですね。練習で自分の殻を破っていかないと、試合でも進化はないのかなと考えています。例えばウエイトトレーニングの重さの最大値を上げていくということも必要かなと思っています。今までは動きの質を大事にしてきたので、自分が思い通りに動ける重さでしかやっていませんから。
それと、技術の面でも踏み切りは、もう少し変えたいと思っています。感覚的な表現になってしまうのですが「パーン」と踏み切るのではなく「メリッ」と踏み切って、最後まで体に力を伝えたいですね。助走から一歩一歩の接地時間を少し長くするというか、もっとしっかりと地面を蹴って走って、その意識のまま跳びたいなと思います。

<工藤>
バランスを保って安定するために必要な筋肉と、スピードやパワーといったパフォーマンスの最大値を上げる筋肉は別です。それを両方鍛えながら、しかも同時に使えるようにならなければいけませんよね。計画が大事ですし、筋力トレーニングの重さを増やすにしても増やし過ぎたら故障してしまいます。それにしても、話を聞いていると、常に競技のことや進化のイメージを考えているのだなと思います。きっと、20代前半のときよりも、考えている時間が長いですよね。そこが体に素直に伝わって安定感を生んでいるのはないかと思います。考えている時間が長い選手は、イメージトレーニングを繰り返すので、技術が高い場合が多いです。僕は打たれるイメージばかりになって何度もやり直したこともあります(笑)。意外と、ぼーっとしているときの方が良いイメージが沸くものです。菅井選手は、自分が描いているイメージ通りにできた場合、記録をどれぐらい伸ばせると思っていますか。

<菅井>
自分が考えている理想通りの動きができれば、8メートル40は跳べるのではないかと思っています(※日本記録は、8メートル25。菅井選手の自己記録は8メートル10)。

<工藤>
今年は、ぜひ新しい記録を出していただきたいと思います。頑張ってください。

何度も何度も頭の中でイメージすることで生み出されてきた菅井選手の言葉に、工藤さんは驚いていた。工藤さんは脳科学が注目されていることにも言及し、イメージすることや実際に体を動かして試すことの重要性を説くとともに、それを実践していることが菅井選手が成長し続ける秘密ではないかと話した。30歳を迎えようとする菅井選手だがベテランという意識はないという。考え続ける選手の成長力は、留まることを知らないようだ。