陸上 飯塚翔太 選手

陸上:飯塚翔太選手

短距離・ミズノ
2012年ロンドンオリンピック出場。2014年度日本ランキング200m2位、2014年仁川アジア競技大会4×400mR 1位(3走)など、日本を代表するスプリンター。長身を活かしたダイナミックな走りで世界に挑戦する。

野球 工藤公康

野球:工藤公康

野球・ピッチャー(現役当時)
[現役29年間の戦績] シーズンMVP2回、最優秀防御率4回、最高勝率4回など。
現役時代は妻の協力のもと食生活を一から見直し、長きに渡り活躍。

元プロ野球選手で2015年シーズンの福岡ソフトバンクホークス監督に就任した工藤公康さんが、現役アスリートをゲストに迎えてクロストークを繰り広げるMIZUNO ZONE LAB特集「工藤公康のプロフェッショナルtalKING」。第4回は、陸上競技短距離の飯塚翔太選手をゲストに迎えた。飯塚選手は、2010年の世界ジュニア選手権で男子200メートルを優勝し、同選手権で日本人初となる金メダルを獲得。2012年のロンドンオリンピックでも日本代表として400メートルリレーの5位入賞に貢献するなど将来性豊かな短距離界の有望株として期待を集めている。

幼少時から体格に恵まれて活躍を見せて来たが、体の発育が早いために苦しんだケガなどもあり、決して万事が順調だったわけではない。工藤さんとの対談では、自然体で「心技体」に気を配り、常に成長の機会を探している飯塚選手の姿勢が浮かび上がって来た。

飯塚選手の特徴の一つは、何と言っても日本人離れした体格だ。180cm台後半の身長186cmという長身で一気に加速する様は、迫力満点。飯塚選手自身も体格の利点は感じているという。一方で、早熟であるがゆえのケガ、身体の安定感を得る難しさなども体験している。早熟、長身といった身体的特徴にどのように対処しているのか、工藤さんが迫った。

「早熟で長身という体格の長所、短所」

<工藤>
身長が高いですね。まだ伸びていますか? 短距離を走るのには、長身が有利なのでしょうか。

<飯塚>
現在の男子短距離日本代表メンバーの中では、一番大きいです。大学に入学してからも伸びていましたが、186cmあたりで止まりました。足が長くてストライドが大きい方が有利だと感じます。ただ、手足が長くて体全体の面積も大きい分、小柄な選手と比べると、ブレやすいので、安定して結果を出すのには時間がかかると思います。日本選手権上位選手のほとんどは175cm未満の身長ですが、歩幅は僕とほぼ同じです。彼らは身長に対して1歩で135%くらい前進するわけですが、僕は120%くらい。体幹の安定レベルが高ければ、135%の歩幅を得ることができますので、僕も体幹をもっと安定させる必要があると思っています。

<工藤>
短距離走は脚力が左右しそうなイメージがありますが、体幹の強さが重要なんですね。子どもの頃から大きくて速かったということですが、どんな練習をして、どれぐらいのタイムで走っていたのですか?

<飯塚>
短距離を始めた小学3年のときのベストが15秒3。それから毎年1秒ずつ縮めて、6年生が12秒6、中学1年が11秒6でした。それで「来年も1秒縮めたら10秒台か!」と思ったのですが、体が痛くて全然走れなくてダメでした。小学6年生で170センチ近くありましたし、中学のときは180になっていましたからね。中学で所属したチームは、枠組みにはめず、選手の個性や能力を尊重する方針で、基本的には自分自身で練習メニューを考えていました。当時はウォーミングアップのやり方すら分からず、試合で別チームの選手を真似して、それらしい動きで誤魔化していたぐらいでした。結果を出せていたので「これでも良い」と思ってしまっていたのですが、中学生のときにケガをして、やっぱり指導者は必要だと痛感しました。筋力強化でケガを防止するか、記録を出すことを我慢して大きな負担をかけずにトレーニングをするかで迷いましたが、親に相談したら「中学生で結果を残す必要はないでしょう」と言われて、割り切って後者を選びました。

<工藤>
成長の早い選手が特になりやすい、クラムジーと呼ばれる現象ですね。骨の成長に対して、腱や筋肉の発達が追いつかず、バランス感覚が崩れやすくなります。その状態で無理にトレーニングを行うと、さらに感覚がズレてケガをしやすくなります。中学生時代に無理をしていたら、負傷を繰り返したかもしれませんね。良い判断だったのではないでしょうか。

「無くて七癖」ということわざがある。誰にでも癖はあるものだ。多くの場合、特異な癖は理想とされるフォームと相違する。どのように癖と向き合うのか、矯正するのか。飯塚選手は迷いながらも一つの答えを見つけつつある。工藤さんは矯正のアプローチ方法に言及。見た目が大きく変わる方法には危険が伴うと指摘。柔軟な向きあい方の重要性を説いた。

「短絡的な矯正は、改善に直結しない」

<工藤>
フォームで気を付けていることは、ありますか。

<飯塚>
僕は左足が外向きに出てしまう癖があります。200メートルでカーブを曲がる影響もあるのかもしれませんが、直線でも足が外旋しやすいです。直そうとしたのですが、やってみると力を発揮しにくいんですよね。僕の体の構造的に外旋している方が自然と力を出しやすいようで、今では個性と捉え、強制的に直すことはやめておこうと考えています。骨盤を見ても、上げやすい足とそうでない足があります。なぜか、足を外向きに着いた方が、ジャンプも高く跳べます。コーチからは「トレーニングの場面を考えると、外旋せずに真っ直ぐにした方が良いけど、レース中に意識して足を内側に入れるとフォームが崩れる。だから、練習の段階で少しずつ矯正していけばいいのではないか」と言われています。

<工藤>
どこかが悪いからと言って無理に直そうとすると、そのひずみが別の箇所に出てくるものです。走るという動きでは、地面を蹴った足が必ず一度は外側に逃げて内側に入って来る軌道になるはずです。だから、話を聞く限りでは、足を着く位置や方向を内側に変えるのではなく、外への動きが少なくなればいいのではないかと思います。場所を変えてしまうと、肉離れなど別の問題が起きてしまうのではないでしょうか。私の娘がゴルフをやっていて、足が外側に向く癖があるというので、足相撲(2人が座った状態で正対し、ヒザを立てて交錯させ、腕相撲のように内側に倒し合う運動)を教えたことがあります。内転、外転の動きをすることで、股関節の稼働域が広がっていきます。直そうとばかりするのではなく、周囲の機能性を高めることで軽減されたり改善されたりすることもあると思います。

飯塚選手の今後の大きなテーマは、世界に挑むことだ。2020年の大舞台に向けた調整方法を試行錯誤しながら、当面は外国人選手との戦いに慣れていくことを課題にしているという。いろいろな調整方法を試したいが結果も残さなければならない。葛藤は悩みの種になりかねないが、工藤さんは「体と対話し続けること」が修正力の向上につながるという持論を展開した。

「世界に挑む鍵となり得る、多彩な思考と経験」

<工藤>
これから、世界の舞台で戦うことが増えますよね。どんな対策を考えていますか。

<飯塚>
海外の空気をたくさん吸わないといけないと思っています。外国人選手は、日本の選手では考えられないタイミングやスピードで加速します。今は「相手が自分のイメージを上回っても動揺しないように」と心がけていますが、意識しなくてもできるようになるために経験が必要だと思っています。あとは、同じレースを走る選手と知り合いになりたいですね。誰も知らない、誰とも話さないという環境では、やはり気持ちが小さくなるのではないかと思うからです。

<工藤>
若い選手にとって、2020年の大舞台は大きなモチベーションになっているのではないですか。

<飯塚>
国内でどのように評価をされるのかという点が、僕の将来にとっては一番大事ですから、アピールをする場としては最高だと思います。選手としても、いろいろなトレーニングで「やってみて、どうだったのか」をできるだけ多く経験して選択肢を作り、2019年には確立したトレーニングを行って、翌年に臨みたいと考えています。

<工藤>
トレーニングの方法は色々と試したいものですけど、意外と時間は限られていますよね。

<飯塚>
そうですね。色々試したい気持ちもありますが、全部を変えるとどれが悪いか分からないので、1つを変えて数カ月単位で経過を見ながら進めています。体の動かし方を直していくべきなのか、身体の能力自体を改善させるべきなのか、その2つをどのような配分で進めていけばいいのか……。でも、ふとしたきっかけで適した方法を見つけられることもあると思うので、その機会を逃さずにつかめるようにしたいと思って柔軟にやっています。

<工藤>
問題点を具体的に感じる、直せるという修正能力は、大事です。体の変化に対して敏感でないとできません。野球の投球では、良い投げ方だと全体が均等に疲労します。フォームが崩れた状態で投げると、普段とは違う筋肉が疲れたり、張ったりします。そうなると、疲労がなかなか抜けませんし、次の投球に影響します。私も若いときは試合中に修正することができませんでしたが、投球中にどの部位の動きが違うのかに気付いて、本来の動きに戻す運動を行って修正をするという考えや行動が少しずつできるようになっていきました。体と対話を続けることで対応力を身につけることは、すごく大事にした方が良いと思います。

飯塚選手は、2020年に意欲を燃やしている。気になるのは、その大舞台に向けた調整方法だが、工藤さんが感心したのは「辞めたトレーニングの扱い方」だという。科学だけを頼り所にせず、自分なりの科学の生かし方を考え続ける2人の共通点が浮かび上がるテーマとなった。

「複数の方法を検討する重要性」

<工藤>
ウエイトトレーニングを重視して行っているということですが、きっかけは?今は、どのような体づくりを行っていますか。

<飯塚>
大学1年生のときに世界ジュニア選手権で日本人で初めて金メダルを取ってウキウキしていたのですが、2年生のシーズンの始めに肉離れを起こして、全然走れませんでした。そのときに、このままではズルズルとダメになっていくのではないかと感じて、いろいろなトレーニング方法を紹介してもらったり、調べたりしました。それで、大学3年の11月から、体を意図的に動かすトレーニングを中心にしました。バーベルを上げるときに腕の力に頼らずに、腹筋などお腹の辺りの力を使うとか、使う筋肉と使わない筋肉を意識して運動する練習です。例えば、負傷箇所に負担をかけたくないときに、まず負傷箇所にスポンジを当てます。そしてスポンジに触れている部分に力が入らないように意識して運動します。使いたい筋肉だけを使えていれば、スポンジの接触部分はあまり動かないはずです。
走る練習のメニューは変えていないのに、走ったときの手ごたえは大きく変わりました。ある程度の成果が出て来たので、筋力強化の段階に移り、今は、その筋力をもう一度、操れるようになれるかという段階です。当初は2つのアプローチを考えました。1つはゆっくり同じ負荷をかけ続けて筋肉をひとまず大きくして、後からアイソメトリック(同じ体勢をキープするなど、体を動かさず、筋肉に力を入れた状態を保つ鍛錬方法)で小さく固めていく方法。もう1つは筋肉を大きくするトレーニングと、スポンジを当てるときと同じように、使いたい筋肉だけを使うというトレーニングを同時期に並行して取り組む方法です。前者の方法では、走るときに一瞬でタイミングを取って力を発揮することができず、うまくいきませんでした。なので、今は後者を実施しています。一昨年や昨年よりパワーは上がっていると感じますが、まだ瞬発力として発揮できていません。今は週に2回程度のトレーニングですが、筋力強化をした3カ月間は週に3回ほど行っていました。

<工藤>
一般的には「使いたい、意識したい箇所」にスポンジやテープを当てる方が多いでしょうから「使ってはいけない箇所に張る」というのは、逆転の発想で面白いですね。この辺は、人それぞれの感覚があるので、何が正解とか、良い悪いということは言い切れないと思います。データを出すことができませんからね。ただ、自分自身がやりながら考えていることが、後に残っていきます。だから「今は使えない」という表現は、すごく大事なポイントだと思います。1年後には適切かもしれない、他人には適切かもしれないという可能性を考えることで、自分の引き出しが増えていきます。今は要らないからと言ってアイデアを捨ててしまうのは簡単だけど、もったいないことだと思います。

対談に際し、時間に余裕を持って会場に現れた飯塚選手は「方角だけを見て地図は見ずに来ました」と言った。知らない道を新鮮な感覚で歩きたかったのだという。ふとしたきっかけをつかみたいという飯塚選手は、常に心身のリフレッシュを図っている。その理屈は、現役時代の工藤にも重なるものだった。

「新鮮な景色とプチ断食で心身をリセット」

<工藤>
レース当日は、どうやって集中力を高めていますか。

<飯塚>
2012年にロンドンオリンピックで初めて海外のレースを経験して、盛り上がる舞台の方が走れるなと思ったので、レース前日から自分の気持ちを盛り上げています。まず、すごく良い走りができて優勝して、インタビューに答えるとか当日の流れをイメージします。当日に一番良いのは、身体が興奮しているけど、気持ちは冷静になっているときです。気持ちまで舞い上がってしまうとコントロールが効きません。気持ちを高ぶらせるためにはスタンドの雰囲気を思い起こしたり、観客が少ないときには赤とか刺激の強い色をとにかくイメージしたりします。一方で、あまりキョロキョロすると集中力を欠くので、1点だけを見続けるなどして頭と心は落ち着かせます。

<工藤>
試合までのメンタル、フィジカルのピーキングにおける工夫は?

<飯塚>
敗戦や失敗を引きずると、前向きな気持ちでトレーニングができないので、レース翌日に気分転換をします。行き先を決めずに知らない道を歩くとか、自然が好きなので普段は行かない庭園に行くとか、行ったことがない場所に行きます。新しいことや楽しいことをすることで、脳の潜在能力を引き出すという理論がありますけど、そんな効果があって体をより細かく動かせたり、できる練習の種類が増えたりするといいなと思います。レースを振り返るときも「ここがダメだった」ではなく「こうすれば、もっと速く走れたな」とポジティブに考えます。あとは、フィジカル的な要素にもなりますが、飲食は水を2リットル飲むだけにするという日を作ります。丸1日にしてしまうと辛そうなので、約半日ですね。免疫力が上がったり、集中力が高まったり、研ぎ澄まされる感覚があります。

<工藤>
試合の後は、身体面よりも精神面で疲れているものです。僕は、映画館に行って誰にも話しかけられない時間を作っていました。モヤモヤした気持ちにならないように、必ずハッピーエンドの作品。それから、水だけしか飲まないというのは、ファスティング(断食)ですね。僕も現役時代に1週間ほどの期間でやっていました。人間の身体は、腸のバランスが崩れたときに吸収力、免疫力が落ちて運動パフォーマンスが落ちる、疲労が生まれると言われていて、ファスティングは消化・吸収力を高める一つの方法と言われています。期間や程度を問わず、体が軽いと感じられれば良いと思います。飯塚選手も我慢をして1日続ける必要はないでしょう。食べたいというストレスを抱えてもいけないと思います。それにしても、若いのに、身体強化、技術、精神面、脳科学と様々な分野に興味があるというのは、素晴らしいですね。世界での飛躍が楽しみです。

飯塚選手は、工藤さんとの対談の中で逆質問を何度も行った。特に骨盤の動かし方などは、意見を仰ぐほどだった。身体の使い方についての知見を丁寧に伝えた工藤さんだったが、思わぬ質問責めに「僕、専門は野球なんです」と苦笑いを浮かべる場面もあった。成長のきっかけをあらゆる方面で探し続ける飯塚選手の姿勢には、工藤さんも感心しきり。話を聞けば聞くほど、飯塚選手の今後の成長が楽しみになる対談だった。