スイム 平井伯昌 監督

スイム:平井伯昌監督

競泳・指導者
競泳日本代表ヘッドコーチ・監督を歴任。2013年より東洋大学法学部准教授、水泳部の監督に就任。寺川綾(現ミズノスイムチームアシスタントコーチ)をはじめ多数のメダリストを輩出。

野球 工藤公康

野球:工藤公康

野球・ピッチャー(現役当時)
[現役29年間の戦績] シーズンMVP2回、最優秀防御率4回、最高勝率4回など。
現役時代は妻の協力のもと食生活を一から見直し、長きに渡り活躍。

元プロ野球選手で2015年シーズンの福岡ソフトバンクホークス監督に就任した工藤公康さんが、アスリートをゲストに迎えてクロストークを繰り広げるMIZUNO ZONE LAB特集「工藤公康のプロフェッショナルtalKING」。番外編としてアスリートではなく、競泳日本代表ヘッドコーチで東洋大学水泳部監督の平井伯昌さんをゲストに迎えた。後編は、トレーニングについて迫った。

前編はこちら

技術改善の一つに、競泳にも野球の投球にも通じる「フォームの修正」がある。しかし、平井監督は見た目の型にこだわるのではなく、体の使い方の意識が大事だという。工藤さんは、技術とフィジカルを結び付けるトレーニングの必要性に言及。技術向上とフィジカルトレーニングの切っても切れない関係性が浮かび上がった。

「技術修正と筋力トレーニングの関係性」

<工藤>
水中カメラの映像を用いた技術指導を行っているとうかがいましたが、どのように選手とコミュニケーションを取って評価するのですか。

<平井>
日本水泳連盟のカメラ班に撮影してもらったビデオを選手と一緒に見ます。技術を具体的に直したり、向上させないと記録は上がりません。悪い技術で練習をしても、練習メニューに対する成果を出せるだけで、本当の意味で速くはなりません。技術の話をするとフォームがどうだという話になりがちですが、特定の型にはめるわけではありません。関節の角度などは大切ですが、重要なのは体の使い方。水をつかむタイミングやポイントについて、僕はうるさく言います。フォーム自体は人それぞれだけど、使っている筋肉は共通する部分があると思います。

<工藤>
筋肉の使い方を覚えるというのは、本人が意識しないと変わらないのではないかと思うのですが、いかがですか。

<平井>
神経系がつながっていないことで機能していないから必要な筋肉が弱いというケースがあります。そういう場合は、水中で体をうまく動かせるようにするための水中で行う筋力トレーニングが効果的です。軽い抵抗があるスポンジを引っ張りながら泳ぐレジストと呼ばれる練習で、自然に力の入るポジションになりやすくなります。力が入るポジションを取る練習を入れないと、その筋肉をただ鍛えても使えるようにならないと思います。筋肉を使えるようにすることと、筋肉自体を鍛えることの両方が大事です。
工藤 泳ぐ練習の中で、筋肉をつかうためのメニューを取り入れているんですね。野球の投球フォームにも共通する部分があります。体幹や股関節周りが弱くて腰が折れてしまう場合、ウェイトで下半身を鍛えます。腰が折れる状態でいくら投げ込んでもフォームはよくなりません。そして、鍛えた筋力を野球に生かすトレーニングを行う。それが最終的にスイングやスローイングにつながります。ただ、筋肉を鍛える事と鍛えた筋肉を使う事との順番や結び付きのないトレーニングは意外と多いと思います。「今は筋力トレーニングを重点的にやっているから、技術練習は軽めに抑える。筋力がつけば自然と技術はよくなる」という考え方の人がいるのですが、根拠に乏しいのではないかと思います。 スクワットやベンチプレスの数字を上げるだけでは、意味がありません。鍛えた筋肉を使うためのトレーニングは欠かせないと思います。

技術指導がメインの指導者にとって、フィジカルなど専門外となる分野の管理は難しい。だが、工藤さんは、技術指導の専門家に任せきりにするとプレーに結び付くことのない筋力強化が行われる可能性があることを指摘する。平井監督は積極的に問題意識の共有を図って、この問題の解決に努めている。重要になるのは、指導者同士の一体感のようだ。

「フィジカルトレーナーとの連係」

<工藤>
筋力トレーニングは、専門家に任せていますか? 若い選手は筋肉がついたり、体が大きくなったりすることで満足しがちですが、競技に効果があるのか疑問というケースもあると思います。

<平井>
ストレングストレーナーの方とは、よく話をするようにしています。体が大きくなっていないことや、疲労が見られる点などを報告しますし、いつ頃にピークを持っていきたいという交渉もします。水泳の練習を見に来てもらったり、水泳のビデオを持って行って意見を聞いてもらったりします。逆に、知りたいことは質問するなど任せきりにはしません。実績のある選手の特徴としては、筋力がつき大きく見えているときは意外と自己満足。「お前、強そうだけど、泳ぎは速くないぞ」という感じ。トップスイマーといわれる選手は、最後は体が引き締まって来ます。

<工藤>
効果的に使える筋肉をつけると、やはり見た目も引き締まっていきますよね。筋トレを取り入れるタイミングや頻度は、どのように考えていますか。

<平井>
中高生は勝手に成長しますから、指導者にとって大事なことは、伸び悩まないように準備をしておくことです。「中学生に筋力トレーニングは必要ない」と言う人がいますが、記録が伸びなくなってからとか、どこか痛い箇所が出てきてからでは遅いと思います。たとえば、ある長身の選手の場合は、中学2年からウェイトを取り入れました。手足が長くて細いので、筋力がつきにくいだろうと考えて少し早めに準備を始めました。中学生がやたらと筋力を鍛える必要はないでしょうけど、問題を先送りしている可能性もあると思います。必要になった頃には指導者がすでに準備していたという形にすることが大事だと思います。

<工藤>
技術指導者が関心を持つだけでなく、トレーナーに競技について知ってもらうことも大事ですね。何のためのトレーニングなのか、プレーに結びつくところを選手が分かっていないといけないと思います。ある動きができないという現象がある。理由として、どの筋力が足りなくて動かせていないのかを知る。それならば、鍛えようという順番です。しかし、その結び付きを分からないまま筋力を鍛えるトレーニングがまだ意外と多いと思います。野球は、ほとんどの選手が右投げ右打ちか左投げ左打ち。野手は、ファーストへ投げる場面が多い。スイングもスローインも回転する方向が偏って、バランスがよくありません。だから、どうしても腰やひざに負担がかかります。そういう状況の中でむやみに体を大きく、重くしてしまうと、ケガをしやすくいというデメリットもあるので、選手には気付いてほしいところです。

科学や情報伝達の進化により、先進的で効果的なトレーニングが求められる風潮は、加速している。しかし、平井監督は、能率的な練習しか行わないことで、非能率的な場面での粘り強さを失う可能性もあると指摘。工藤さんも、近年の各種トレーニングは流行を追うことで基本がおざなりになっている可能性があるのではないかと疑問を呈した。

「応用から入ると大変、基礎の重要性」

<工藤>
何を聞いてもスムーズに言葉が出てくるあたりは、すごいですね。普段から自分で考えたり、イメージしたりするタイプフィジカルトレーニングの話ですが、最近の子どもは腕立て伏せや懸垂ができないですね。うちの息子は野球をやっていますが、逆立ちもできません。僕らは中学生の時に逆立ちで50メートルくらいは歩けましたけど、今の子は5メートルも難しい。懸垂などは肩甲骨周りを使うという意味でも基本運動だと思うので、福岡ソフトバンクホークスでも鉄棒を作ってもらって、懸垂を取り入れる予定です。近年のトレーニングは基本が抜けていることが多いのではないかと思っているのですが、どのように感じていますか。

<平井>
確かに、そうですね。100メートルを20本連続で泳ぐという練習があるのですが、最近の若い選手は「そんなのはやったことがない、無理です」と言います。最近は、20本連続ではなく、途中にイージースイムという軽く流す場面を作るのが主流だからです。確かにイージーを挟むと休憩を挟む形になるので頑張りやすいし、少し回復することで毎回力をしっかりと入れて泳ぐことができるというメリットがあります。しかし、逆に頑張りにくい厳しい練習には、別の苦しい場面で「あれに比べれば大したことない」と気持ちを強く保つことができる効果もあります。基本があれば応用には対応できますが、応用から入ると基本を疎かにしてしまう風潮があります。トレーニングには流行があると感じますが、実は走ることや、懸垂、腕立て伏せといった今では古いと言われそうで地味なトレーニングが基本なのではないかと思います。

<工藤>
野球でも、子どもに手押し車を教えると一生懸命にやりますけど、プロは面倒だなという顔をしますよ。それなのに、肩が痛い、ひじが痛いと言います。でも、懸垂をやるようになると、不安定症だった選手がブルペンでビュンビュン投げるようになったりします。

<平井>
うちの大学でも男子は1日に30回、懸垂をやらせます。体の前・後にひきつける形でやります。最初は根を上げていましたけど、みんな、できるようになっています。

<工藤>
現役時代からオフにアメリカに行って、いろいろなトレーニング施設を見てきました。科学的トレーニングが重視されているはずのアメリカですが、懸垂や腕立て伏せの応用版とか、重しにロープを付けて手繰り寄せるとか、シンプルなメニューが多かったのが印象的でした。流行を追ってばかりのトレーニングを見直すきっかけにもなりました。

対談からは、平井監督がいかに多岐にわたる要素で選手を支えているのかが明白となった。今年から監督という立場になる工藤さんは、世界の頂点を見据えて戦っている平井監督に選手の心身や技術の伸ばし方、アプローチの方法や工夫と様々な質問を行ったが、平井監督はスムーズかつ的確に回答。その上で「難しい選手が入って来ることで、自分自身が一つの成功を踏襲するばかりでなく、新しい方法を考えられる」と強い向上心も示した。選手時代から理論派として歩んで来た工藤さんも「勉強になりました」と言うほどだったが、2人の言葉は、多くの指導者の参考となるメッセージ性にあふれるものだった。