スイム 萩野公介 選手

スイム:萩野公介選手

競泳・東洋大学
2012年ロンドンオリンピック・400m個人メドレー銅メダリスト、2014年仁川アジア競技大会・大会MVPなど。複数の泳法に磨きをかけ、個人メドレーを得意とする日本水泳界の若きエース。

野球 工藤公康

野球:工藤公康

野球・ピッチャー(現役当時)
[現役29年間の戦績] シーズンMVP2回、最優秀防御率4回、最高勝率4回など。
現役時代は妻の協力のもと食生活を一から見直し、長きに渡り活躍。

元プロ野球選手で2015年シーズンの福岡ソフトバンクホークス監督に就任した工藤公康さんが、現役アスリートをゲストに迎えてクロストークを繰り広げるMIZUNO ZONE LAB特集「工藤公康のプロフェッショナルtalKING」。第5回は、競泳の萩野公介選手をゲストに迎えた。萩野選手は、2012年ロンドンオリンピックの400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得。昨年のアジア大会では史上初の4冠を達成し、全競技を通じて大会MVPに選出される活躍を見せた。同年のパンパシフィック選手権では優勝するなど、止まる所を知らない勢いを見せている。

工藤さんとの対談では、いたって冷静で落ちつきのある受け答えの中から、成長力の背景が明らかになった。大舞台で勝つための準備の徹底ぶり、指導を受ける際の吸収力、分析力と意志の強さといった、萩野選手の強さの秘密に迫った。

高いレベルを目指すのであれば、練習が重要なのは当然だ。しかし、練習がハードになれば、それだけ妥協点を探す気持ちも膨らんでいく。それでも萩野選手は「その日のベスト」を常に自分自身に課す。そこには、試合のときには、練習に対する自信こそが頼りになるという信念があった。

「練習に対する自信が不安を制する」

<工藤>
普段は、どれぐらい練習をやっているのですか。

<萩野>
通常は、午前7時から10時前まで午前練習があります。その後は、学校で授業を受けて、17時から20時半くらいまで午後練習があります。

<工藤>
試合は好きだけど、練習は嫌いというタイプの選手もいますけど、萩野選手は、練習をどのように位置付けていますか。

<萩野>
平井(伯昌)先生からも「お前は慎重なタイプ。練習で良いタイムが出ていないと、試合でもそのまま同じ結果が出る。練習でできていないと試合でできないタイプだ」と言われていますので、練習を大事にしています。体調が悪くても、この状態でもこのくらいのタイムは出せるはずだと思ったら、それは必ずクリアするようにしています。自分は、練習に限らず、試合でもそのときの100%の力を発揮するように心がけています。国際大会でも県大会でも、決勝でも予選でも同じです。大きな試合になれば、周りの方から声をかけてもらう機会が増えますが、まず自分がベストを尽くさないといけませんし、その上で自分が満足できる結果を出せれば、喜んでもらえるのではないかと思っています。

<工藤>
練習を全力でやって、自信に変えるタイプなのですね。

<萩野>
練習に対する自信さえあれば、良い結果が出ることは間違いないと思っています。大舞台を控えた2011年の試合では、ほとんど良いタイムが出ませんでした。練習では良い泳ぎが出来ているのに、試合になると「今回もダメなんじゃないか」と不安になりました。僕の場合、深く思い詰めると、いろいろな可能性をイメージして、その中に不安な要素があると、そのことばかりに捉われてしまいます。だから、普段の練習が心の支えになっています。「あれだけ練習してきたのだから、絶対に大丈夫」と思える練習をしていることが重要です。

<工藤>
辛いときでもベストを尽くすということは、言うほど簡単なものではありません。多くの場合は「ここは、いいか」とか「これぐらいでもいいや」と妥協するものです。でも、それが不安の種になる場合があります。萩野選手のように練習で気が滅入ったときでも「ここまでは、やる」と自分からテーマを持って、気持ちを切り替える方法を持っていることは重要だと思います。

世間では、若い選手が年配者からたしなめられるときに「調子に乗るな、天狗になるな」という言葉がよく用いられる。実際に若くして実績を挙げる選手は、独り善がりな考え方に陥りがちだ。しかし、萩野選手は「まず聞いてみる」姿勢を常に保っているという。成長力の背景には、強い向上心と素直な姿勢があった。

「何のための練習か考える」

<工藤>
昨年のアジア大会では史上初の4冠という実績を挙げましたよね。「自分の技術や悩みが他人に分かるわけがない」と指導者の意見に不満を抱いたり、反論したりすることはありませんか?

<萩野>
それは、ないです。僕はまだ大学生ですし、自分を客観視できない状態にあると思います。どう考えても指導者の方が客観的だし、経験があるので、指導内容は素直に聞くべきだと思います。普段から自分で考えて練習をしていますし、分からなかったり、迷ったりしたら、指導者に質問をします。そのときに、指導によってすぐに問題が解決することもありますし、そうでない場合もあります。でも、指導やアドバイスを受けて、まずは取り組んでみることで、また違う事象が生まれて考え方は進展するので、指導者の意見は大事だと思っています。

<工藤>
指導に対する接し方が柔軟かつ前向きですね。練習が嫌になることは、ありませんか。

<萩野>
なかなか良いタイムが出ないときは、嫌だなと思います。でも、他の選手が良いタイムを出すのを見ると「オレも」と思いますし、ここまで頑張って来た競技なのに諦めるのは嫌だという気持ちもあるので、本心から競技を辞めたいと思ったことはないです。もっと遊びたいと思う時期もありましたけど、結局は「ないものねだり」だと思います。忙しければ暇がほしくなるし、暇になると忙しさがほしくなる。優れた指導者、施設に囲まれているという今の僕の状況は、かなり特別なものだと思っていますし、その分、頑張りたいと思っています。

<工藤>
自分が起こし得る行動に対して、いろいろなパターンを予見しているのですね。練習でも、どういう効果を狙ったメニューなのか、これができるとどうなるのかと考えますか。

<萩野>
そうですね。考えています。僕は栃木県の出身なのですが、父親の転勤で愛知に引っ越しました。そこでスイミングスクールに入ったのですが、小学1年生のときに、女性の指導者から「練習は常に、何のためにあるのか考えなさい」と言われました。そのときは、何のことかさっぱり分からなかったのですが、ずっと覚えていました。今になるとすごい言葉だと思います。

<工藤>
競技が好きで頑張っている若い選手は、世の中にたくさんいます。それでも、大人の話は、なかなか耳に入らないものです。僕が萩野選手の立場なら「オレは世界のトップだよ? 君たちは何を言っているの?」と偉そうにしてしまうのではないかと思いますが(笑)、萩野選手は本当に謙虚で落ち着いていますね。おそらく、次にやらなければいけないことを常にイメージしているから、分からない部分の鍵が見つかるのではないかという気持ちでいられるのでしょう。でも、人は感情的にもなりますから、実際にイメージをし続けて、やるべきことをやり続けるのは難しいものです。謙虚さと同時に、イメージ力や意志の強さを感じますね。 /p>

同じ指導の下、同じ練習を積む。それでも人によって成果は違うものだ。差異が生まれるのは「才能」と呼ばれるものの違いだけが理由ではない。指導を受ける前の段階で、自分自身の動き方についていかに考え、イメージをして、改善のポイントを探っているかという事前準備の違いが、成長力の差につながる。対談の中で、ほとんどの質問にスムーズに答える萩野選手を見て、工藤さんは準備に優れた選手だと見抜いた。

「分析、イメージの重要性」

<工藤>
何を聞いてもスムーズに言葉が出てくるあたりは、すごいですね。普段から自分で考えたり、イメージしたりするタイプなのだということが分かります。自己分析の上で、自分はどういうタイプという認識ですか?

<萩野>
自分は、ガッツでやるというタイプではないですね。考えて、これならいけるはず、だから頑張ろうと思うタイプです。根拠のない自信は生まれにくいです。大きい大会に臨むときは、それに見合う準備をしないといけないと思いますし、逆に準備ができていれば、その舞台で力を出せる自信があります。小さい頃から、父親が「スポーツのできる選手は、頭が良いものだ」と言っていました。理由は教えてくれませんでしたが、最近は身体強化もコンディショニングも含めて自己管理能力がないといけないと感じていますし、教えてもらうという受動的な行動だけではなかなか成長できなくて、いかに能動的にやっていくかが大事だと思っています。だから、練習では自分でいろいろと考えて模索しています。

<工藤>
若い選手は、活躍している背景について聞いてみても「言われたとおりにやったら記録が出た、勝てた」とか「あまり考えたことがない」などの答えが多いものです。萩野選手のお父さんの言葉にしても「よく分からない」ままで終わってしまうケースだってあり得ます。その言葉の意味を考えて広げられるかどうかが大きな差です。自分からイメージをする選手は、見れば理解できる、聞けば理解できるという部分が大きくて、指導に対して吸収力があります。だから、指示の効果が変わって来ます。指示が出た段階で、成果に結び付けるイメージができるのです。若いうちからこれが出来ている選手は、滅多にいません。ハッキリ言って、今の話だけでこの対談を終えても良いくらいの内容だと思います(笑)。いかに自己分析をできているかが、成長力を大きく左右しますからね。

試合になると、練習通りの力を発揮できないというケースがある。特に国際大会では、舞台の重要性が増すほどに強まるプレッシャーを真に受けてしまう選手が多い。萩野選手も緊張感に圧迫された試合はあったというが、現在では「大会期間中は何も考えない」と言い切る。その背景には、練習と試合の関係性をシンプルに捉える考え方が存在している。

「大会中は感情のままに動く」

<工藤>
萩野選手は、かなり理詰めのタイプですが、たまには何も考えず、思いのままに行動したくなることはないですか。

<萩野>
もう少し、能天気に暮らしたいなと思うときはあります。でも、自分の場合は、それがレースの場だと思っています。練習は、いろいろと考えながら取り組みますが、レースは感情のままに動くという表現が近いのではないかと思います。レースになってから、考えてできることは限られていて、ケガでもしない限り、0.1秒とか0.2秒の差にしかなりません。大会期間は4日間なら4日間とも、ほとんど何も考えません。

<工藤>
今、理路整然と話している姿とは別だというレースが見たくなりますね。それにしても、普通の人よりも準備が整うタイミングが早いですね。多くの場合は、試合開始の数分前に何をするとか、直前まで準備を行うものです。でも、萩野選手は大会前の練習が終わった段階で準備が完了するのですね。それは、大舞台のプレッシャーを取り払うことができる要因の一つかもしれません。試合で緊張して失敗したことは?

<萩野>
2010年に初めて日本代表のトップチームに入って世界大会に出たのですが、そのときは完全に場の雰囲気にのまれてしまい、朝ごはんもまともに食べられませんでした。2011年はは、なかなか良いタイムが出なくて苦しみました。でも、そのときに、楽しむことを忘れていて、試合が義務のようになっているのではないかと少しずつ思うようになりました。それで、やらなくてはいけないという責任感は一度捨てようと思って、何も考えずに、ただ勝負を楽しむことだけを考えて泳いだら、なかなか良いタイムが出ました。責任感も必要だと思いますが、根本的には楽しむことが大事だと思います。そうした経験があるから、目標としていた2012年の大舞台では大丈夫だったのだと思います。

<工藤>
経験を生かすのは、言うほど簡単なことではありません。「練習でやってきたことが試合に出る」というシンプルな考え方が根底にあるから、練習で工夫や努力をやり切れるのですね。なかなかたどり着けません。シンプルと単純は、違います。「練習を頑張るだけ」と言っても「どんな練習をどのようにやれば良いかを自分で理解している」のと「言われたことを単にこなしている」というのとでは違います。イメージをして、実行して、フィードバックしてということを繰り返しているわけですから、それこそ本当の意味で「それだけの練習をしてきた」と言えるのだと思います。アジアで4冠を取れるだけの練習をしてきたということだし、それを信じ切れるマインドもすごいと思います。話も上手だし、二枚目だし、選手としてもちろん期待していますが、引退後はスポーツキャスターとして、みんなに分かりやすく伝える仕事を頑張ってもらいたいですね(笑)。今日は、ありがとうございました。

対談を通して明らかになったことは、萩野選手がいかに自立しているかということだ。萩野選手の言葉からは、指導者が選手の能力を引き上げるのではなく、選手が自ら成長する支えとして機能するという構図が見えてくる。工藤さんの「シンプルと単純は違う」という鋭い指摘は、多くの選手と萩野選手との違いを明確に表現したと言える。自主的に考える、想像する、試すという工夫が、指導やアドバイスの吸収力を高める。なおかつ、決めたことをやり遂げる意志の強さが、その吸収力を余すことなく成長力へと昇華する。萩野選手の成長のサイクルが見える対談となった。