陸上・飯塚翔太インタビュー /世界を「感じる」ことで導かれるZONE

日本人男子で初めて、世界ジュニア選手権200mで優勝を果たした陸上男子短距離走・飯塚翔太は、今春よりミズノに入社し、社会人選手としての新たな一歩を踏み出す。ロンドンオリンピックでの経験を糧に飛躍を誓う若武者のZONE体験や今後の展望について聞いた。

「勝ちたい」という思いが陸上人生の原点

飯塚が本格的に陸上に取り組むようになったのは小学3年生のとき。体育教師に推されて陸上大会に出場し、見事に優勝したことがきっかけだ。100名以上の小学生が陸上に励むクラブに入団した飯塚を待っていたのは、今まで出会ったことのなかった自分よりも速い人間と走るという体験だった。

「6年生に交ざって練習しましたが『自分が負けるはずがない』と思っていたので、驚きの経験でした。そして『勝ちたい』という気持ちが強くなりました」

飯塚の陸上人生を象徴する「勝ちたい」という気持ちは、この頃に芽生えたものだった。

その後、中学に進むと高校は陸上の有力校・藤枝明誠高に進学。そこで本格的なトレーニングと勝負の厳しさに出会う。

「素人っぽいですが、走る前に1時間もウォーミングアップをするとは思ってもいませんでした。ほかの補強メニューも教わった。チームのために勝つという意識も出てきた。緊張するようになったのも高校から。それまではある意味、遊びに近かった」と本人は振り返る。

理論に基づいた練習をし、それを試合で実践。元々の素質に最新の技術もプラスされた飯塚は、着実に結果を残す。周囲の期待を一身に受けながらも、3年生の時に高校総体の100mで2位、200mで優勝と華々しい結果を残し、心身ともに成長している姿を見せた。

その後地元を離れ、中央大学に進学。高校時代は理論に基づきいろいろなことを頭の中で考えながら走っていた飯塚にとって、自由な雰囲気の大学陸上部は新鮮に映った。寮生活では風呂場で陸上談義にふけるなど、仲間との絆も深まった。そんな生活を続けるうちに飯塚は、忘れかけていた「走る楽しさ」を思い出す。

「走り方などは大切ですが、走る瞬間は何も意識せずにいられる状態で走ったほうがいいと思うんですよね。大学時代は『走ることが楽しい』というような陸上をはじめた頃と同じ気持ちで走れるようになりました」

強さの原点である「勝ちたい」という思いに、確かな理論を身に付け、陸上を楽しむ余裕を覚えた飯塚は、大学1年生の時に日本男子選手としては初めて、世界ジュニア選手権の200mで優勝を果たした。

世界と戦うためのZONE状態

そんな飯塚はロンドンオリンピックにも出場。400mリレー予選の当日に、強烈なZONE状態に突入した。

当日の飯塚は、朝から極度の緊張状態に陥っていた。じっとしていられず体のどこかを常に動かしていて、アドレナリンもよく出ていたという。

「頭の中が真っ白で、何も考えられない状態でした。でも、思いっきりいかなきゃいけないと思って、いざ走ってみたらすごく速く走ることができたんです」。ロンドンの地で得た体験を参考に、飯塚は試合前の準備を変えた。試合が始まる5分前から大観衆とトップレベルの選手が自分を取り囲む姿をイメージするようにした。観客が少なくても自分の頭でイメージするようにすることで、自らアドレナリンを出し、ZONE状態へスムーズに入ることを心がけるようにしている。

想像の力は絶大で、コンディション作りにも影響を与える。「前日、調子が悪くても、寝る前にアドレナリンを出すイメージをすると、翌日、体の動きが良くなったりもします」。ときにはレース後の疲労さえも感じないほど、飯塚の脳内イメージは良好だ。

ミズノで羽ばたく飯塚の目標

世界と戦うため、ZONEに突入するコツをつかみつつある飯塚。ミズノ入社後、当面は大学時代からの課題を克服することを考えている。

「スタートは出られるんですけど、スピードを上げていく部分がうまくいかない。体が大きいこともあって、足がよく回転しないんです。あとは体重があってケガが多いので、強い体を作っていくことにも変わらず取り組みたい。選択肢を増やすために、異なったトレーニングを組み合わせていきたい」

修正点が明確な分、今後の飛躍に期待は高まる。そして、カギを握るのは「自分の気持ち」だ。

「競技に対するモチベーションや楽しむ気持ちを高めていきたいと思っています。自分には陸上しか取り柄がないですから」

陸上をはじめたころから飯塚の胸中にあるのは「勝ちたい」というアスリートの本能だ。大観衆からの声援や、ミズノをはじめとした数々のサポートで、準備は整った。飯塚は世界を牽引するスプリンターへの道を着実に歩み出している。

写真:Thinkstock/Getty Images